節子ばあちゃんのカレーライス-4

 「カレーは、玉ねぎをうんと炒めないと。」


そう答えて手を動かし続ける。しかし、しばらくしてその手の動きが小さくなってきた。

 「ばあちゃん、疲れた?」

 節子は小さくうなづく。


 「ひいばあちゃん、手伝う!」

 律が佳音の反対側から手を伸ばし、木べらを動かし始めた。節子の顔に微笑みが浮かぶ。


 律はしばらく真剣な面持ちで木べらを動かしていたが、疲れたー、と言って離れて行ってしまった。佳音が代わろうとすると、紫苑が先に木べらを手にした。


 気難しい顔で、木べらを動かす。節子は小さくうなづきながら鍋を眺めていた。


 玉ねぎは茶色く色づいてきた。

 「ばあちゃん、カレーの玉ねぎ、これくらいでいい?」

 佳音の問いに、節子は初めて見たように鍋を覗いた。そして、首を横に振る。

 「まだ、だめなの?」


 「カレーは、玉ねぎをうんと炒めないと。」


 さっきと同じ回答が返ってくる。少し心配になってきたが、紫苑は一つ頷いてさらに玉ねぎを炒め続けた。


 やがて、玉ねぎは茶色くなり形が溶けていった。飴色玉ねぎという状態だ。


 「ばあちゃん、カレーの玉ねぎ、これくらいでいい?」


 もう一度問う。


 「カレーかい?」


 節子は鍋を覗いた。そして、頷く。

 紫苑がほっと息を吐いた。


 「カレーは、玉ねぎをうんと炒めないと。」

 節子が満足そうに言う。





 節子の味のカレーを、家族みんなで食べる。


 「こんなうまいカレー、食べたことない!」

 港と律が声をそろえて言う。


 「お母さんのカレーだって、おいしいでしょ。」

 瑠璃が不服そうに言った。その隣で、先ほど合流した夫の健介が笑う。


 「お母さんのカレーもおいしいよ。でも、このカレーは本当においしい。今度から、この味でお願いします。」


 瑠璃はため息をついた。

 「玉ねぎ炒めるの大変なんだよー。」

 「本当。ばあちゃん毎回こんな大変な思いしてカレー作ってたんだね。」


 佳音も頷いてカレーを口に運んだ。とろけるようなコクと奥深い甘み。これは、飴色玉ねぎが醸し出しているのだ。錬に作ってあげたいけれど、時間があるときでなければ無理だと思う。


 紀夫は無言でカレーを食べているが、時折鼻をすすっている。こそこそと時折ティッシュで目のあたりをぬぐっている。


 節子はにこにこと笑っている。


 森山家の食卓が帰ってきた。

 家族みんなでにぎやかに囲む夕食。幸せな家族の時間。


 「あ。」


 佳音は思い立ち、鞄からスマートフォンを取り出した。

 「ねぇ、みんなで写真撮ろう!」

 スマートフォンを高くかざす。


 「瑠璃姉、子供たちを集めて。お母さんはばあちゃんにくっついて。お父さんも、もっと寄って。紫苑は仏頂面しない!」


 パシャリとシャッター音が鳴る。


 森山家みんなが小さな画面の中で笑っている。


 佳音はLINEの画面を開いた。


 『色々あったけど、私は元気です。ばっちゃんも帰ってきました。』

 写真とともに、美葉にメッセージを送る。


 詳しいことは、直接会ってから話せばいい。今は、幸せであることだけを知らせておく。


 美葉も京都で頑張っているのだから。

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