節子ばあちゃんのカレーライス

節子ばあちゃんのカレーライス-1

 節子を後部座席に乗せて実家に車を走らせる。


 「ばっちゃん、もうすぐ家に着くよ。久しぶりだね、みんな楽しみに待っているよ。」

 波子が節子に話しかけている。節子の声は聞こえない。


 骨折が完治するまでの間、節子はベッドに寝かされ続けた。リハビリも受けていなかったようだ。骨折は治ったが、体を支える筋肉はなくなってしまった。声を発することがなかったし、流動食のような食事を食べていたので咀嚼や嚥下の機能も落ちた。何より、認知症の症状はかなり進んでしまった。ぼんやりとうつろな目を向けるだけで、言葉に返事をすることもほとんどない。


 こんなことがあっていいのかと思う。たまたま運ばれた病院の質が悪かったというだけで、こんなふうになってしまうなんて。ちゃんとした病院に運ばれていたら、リハビリも受けていただろうし、日がな一日拘束されるような目にも合わなかった。


 実家の玄関の前に車を止めると、瑠璃と紫苑が玄関先で出迎えてくれた。節子のために購入した車いすが二人の前に置かれている。


 佳音は車いすを後部座席の近くに運び、節子を車いすに乗せた。


 「さすが、手慣れているね。」

 「まあね。」

 佳音は波子に得意げに言葉を返した。


 「ひいばあちゃん、お帰りー!」

 家の中から、子供たちが駆けてくる。瑠璃の次男のりつはまだ幼稚園の年長組で、やんちゃ盛りだ。兄のみなとは高学年らしくすました顔で、歩き始めたばかりの妹はるかの手を握っている。律は佳音の手に自分の手を重ねて湊と遥の前まで車いすを押した。


 「ばっちゃん、律と湊と遥だよ。遥、大きくなったでしょ。」


 佳音は節子に声を掛けた。遥は兄に促され、節子の近くに歩み寄った。節子の目が、うっすらと開く。


 「そうだねぇ……。」


 かすかな声で、節子が答える。その手が、小さく動いた。湊が遥を節子の膝に近づけると、節子の腕がその頭に伸びた。


 「かわいいねぇ。」


 ゆっくりと置かれた手には無数の皺が刻まれていて、小さい。けれど、ぼんやりと空を眺めていた瞳がひ孫の姿をとらえ、そこに手を伸ばしたことに佳音は安堵する。


 やっぱり、家がいい。節子は家族と過ごす方がいい。


 介護の負担を考えると、施設に入る方が現実的なのだろうと佳音は思っていた。しかし、波子が頑として家に連れて帰ると言い張るので反対はしなかった。その代わり、家族みんなで協力して節子と波子を助けようと決めたのだ。


 その選択は、間違いではなかったと思う。


 「あんたさ、隠れてないででてきなよ。」

 おもむろに波子が納屋のほうに声を掛けた。 

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