好きな人と共に歩き始める-2

 職場復帰するにあたり、引越しをすることにした。波子からは実家から通ってはどうかと何度も言われた。波子は一人住まいには反対のようだったが、夜勤のことを考えると職場の近くに住まないわけにはいかない。同じ場所に住んでいると、小野寺がやってくるかもしれないので、転居することにしたのだ。


 札幌に住んでいても、これからは休みのたびに実家に帰ることができる。そう伝え、波子に納得してもらった。


 ――波子に秘密にしていることがある。


 選んだ物件は、錬の職場のすぐ近くで、今まで住んでいた1DKでは無く2DKのマンションだった。リビングのスペースと寝室を分けて生活することが出来る。

 引っ越しが終わると、すぐに錬も自分の荷物を運び込んだ。最初から、同棲するつもりだったのだ。


 小野寺との一件について、一日おいてから錬に伝えた。冷静に受け止めて欲しくてあの救出劇から時間をおいたのだが、錬は顔を真っ赤にして怒り『佳音に暴力を振るったのと同じ事をあいつにしてやる!』と叫んだ。温厚な錬が怒るのは珍しいことだ。


 あの日に伝えていたらマンションにとんぼ返りし、実行していたかも知れない。そう思うと一日置いたのは正解だった。


 佳音は錬を何とかなだめ、合法な手段で処罰する事を納得させた。それから、二人のこれからについて話をした。


 錬の勤務時間は長い。佳音は夜勤があり、夜勤明けの二連休は節子の介護のため実家に帰る。一緒に住めば生活時間がすれ違っていても二人の時間を最大限に確保できるし、開店資金を貯めている錬にも協力できる。


 只、この幸せな選択を実行するに当たり、一つだけ、クリアしなければならないことがあった。


 芽依のことだ。


 全面的に応援すると言いながら、ちゃっかり自分が彼女に収まってしまった。そのことを、謝らなければならない。


 芽依の勤務がある日の閉店時間に、佳音は芽依が仕事を終えて出てくるのを待った。


 先に、錬が出てきた。佳音を見付けると軽く手を挙げてから隣に立つ。見上げると、緊張で顔が強ばっていた。


 佳音がいつも錬と会っていた裏口から、デニムのスカートと薄手のニットを着た芽依が出てくる。一緒に出てきたアルバイトの女の子にお疲れ様ですと手を振った。


 芽依は、佳音と錬が並んで立っているのを見つけ、立ち止まった。


 佳音は、ショルダーバックのひもをぎゅっと握った。鼓動が早鐘のように打つ。何度も練習した言葉を、頭の中で反芻する。


 芽依はふう、と息を吐いてつかつかと近づいてきた。

 佳音には目もくれず、じっと錬を見つめながら。


 芽依は、錬の正面に立った。


 「錬さん。私、錬さんのことが好きです。付き合ってください。」

 予想外の展開に、錬はたじろいだ。頭に手を置いて、芽依を見つめる。


 それから、細長い体を折り曲げた。


 「ごめん。俺、好きな子がいるんで。気持ちに答えることは、できません。」


 芽依は、ふう、と息を吐き、そして笑みを浮かべた。


 「知ってました。」

 体を上げた錬を見上げる。


 「錬さんが佳音さんのことが好きだって、わかっていました。誠実に答えてくれて、ありがとうございました。」

 小さく頭を下げ、佳音のほうを見た。


 「なにが、単なる幼馴染よ。嘘つき。」


 そう言う芽依の目は、怒っていなかった。

 「鈍感。どっからどう見たって、両想いじゃない。」


 「ごめんなさい。」

 佳音は、芽依に頭を下げた。


 「やめて。」

 ぴしゃりと叩くような芽依の声が聞こえ、頭を上げた。


 「佳音さん、私、好きな人にちゃんと好きだって伝えられたよ。」


 芽依は、にっこりとほほ笑んだ。


 「私、これからもちゃんと人を好きになれる。そして、好きになった人に気持ちを伝えられる。今日、その自信がついた。」

 「芽依ちゃん……。」

 「ありがとうとは、言わないけどね。」


 芽依は舌を出して見せ、すっと背を伸ばして二人の横をすり抜けて歩いて行った。

 

 

 

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