奇跡だよね-2
佳音は目を伏せた。
言ったら怒るだろうな。心配もするだろうな。
そう思うと、言葉を選んでしまう。
「佳音。」
錬が顔を覗き込んでくる。その視線から逃れようと顔を背ける。
「女を殴る男は駄目だ。お前がどんなにあいつの事、好きだと言っても俺は佳音をあいつのところには帰さない。」
頬に、錬の眼差しを感じる。それは、確かな熱を持っていた。
胸が高鳴る。錬に聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「俺は、佳音の事が好きだ。その気持ちはずっと変わってない。大事な佳音を殴る奴は俺が許さない。」
頬が熱い。
『俺は佳音が好きだ。』
何度聞いたかわからない、錬からの告白。
その言葉を聞くたびに、本当は嬉しかった。
高校二年の夏休み。
初めて告白された時、心臓がぎゅーっと締め付けられたのは、恥ずかしかったからだけじゃない。自分の恋心が、反応したのだ。
あれからずっと、錬は好きでいてくれて、自分も好きでいた。
こんなの、奇跡だ。
「大丈夫。私が好きなのは錬だけだもの。あの暴力男は、警察に突き出してやるの。」
錬の小さな目が、みるみる大きく見開かれていく。唇が、ぱくぱく動いている。それからおもむろに両耳をふさいだ。
「俺、心配し過ぎて耳がおかしくなった。いやこれ、幻聴って奴かな。」
視線をさ迷わせている。佳音は思わず吹き出した。錬は驚きの視線を佳音に向けた。
錬の顔が真っ赤に染まる。
「……もしかして、聞き間違えてない……とか?」
佳音は両手で口元を押さえて頷いた。
「……間違いじゃなければ、私が好きなのは錬だけだものって、言った……?」
口元を押さえたまま、上目遣いで錬を見る。
改めて言葉を繰り返されたら、照れ臭い。
「言った……。」
小さい声で伝える。錬は身体を大きくのけ反らせた。細長い背中が窓にぶつかる。
真っ赤に染まった顔が歪み、口角がゆるゆると持ち上がって行く。
両手をぎゅっと握った。
「や、や、や、や……やったあああ!」
勢い良く天に突き上げた両の拳が車の天上を殴る。
「……つー!」
両手を抱え込むようにしてうずくまる。
佳音は両手を口に当てたまま笑いで肩を震わせた。しばらくうずくまっていた錬も、恥じらいながら笑った。
まだ痛むのか両手をぶんぶんと振った後、その両手で佳音の両手首を優しく掴み、口元から離す。
唇が露になる。そこに、錬の唇が重なる。
柔らかな感触はほんの一瞬だった。きゅんと胸が締め付けられる。
錬は両手を佳音から離し、小さくガッツポーズをした。
「……ガッツポーズってさ。」
呆れて、照れ臭くて、笑ってしまう。頬が熱い。
「念願叶ったさ!佳音とのチュー!」
「バカ。」
佳音はこつんと錬の胸元を叩いた。
その時、スマートフォンの着信音が鳴った。
「ヤバい!皆心配してる!」
佳音は慌てて鞄の中のスマートフォンを探した。
画面一杯に健太がニカッと大きな口を開けて笑っている。
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