罠-3
『お前以外の女を好きになることはない。』
錬の声が、頭の中で響く。
――私もだ。
私も、錬以外の男を好きになることはない。死ぬ間際に、気付くなんて。
ずっと錬に会いたかった。一緒にいたかった。好きだと言って欲しかった。言われ続けていたかった。
砂浜で初めて告白された日の光景が瞼に浮かんでくる。
驚いた。恥ずかしかった。
でも、分かっていた。
錬の瞳がいつも自分を見つめていたことを。その眼差しが嬉しくて、そっと確認しては、恥ずかしさにうつむいていた。
本当は、ずっと好きだった。
もう一度、会うことが出来るなら、もう二度と離さないのに……。
その時、ドアをたたく音が聞こえた。ドアを開けようとし、鍵に抵抗される音。また、どんどんとドアが叩かれる。小野寺の足が止まる。ドアのほうを注視している。
「佳音!いるのか!?佳音!」
錬の声だ。
肩で息をしながら、体を起こす。
夢の中にいるように思う。
夢の中でもいい。声を出さなければ。
そう思うのに、息を吐くことしかできない。
「佳音!佳音!」
錬の声が聞こえる。錬がいる。ドアの外に、錬がいる。
「れ……。」
目をぎゅっと閉じ、息を吸った。下腹部に力を込める。
生きるんだ。錬と生きるんだ。
強く思い、拳を握る。
「――錬!」
叫んだ。
叫ぶことができた。
「佳音!佳音!いるんだな!?佳音!」
ドン、と一際大きくドアを叩く音がした。
通じた。
錬に自分がここにいる事を伝えることができた。
「助けて!錬!助けて!」
必死で叫ぶ。その口を小野寺の大きな手がふさいだ。馬乗りになり、押える手に体重をかけてくる。
息ができない。
視界に黒い斑点が浮かび、意識が遠くなっていく。
――『人中は、多くの哺乳類が持つ唇上部の溝で、鼻から上唇まで垂直に伸びる。』
アンドロイドの女性の声が耳に蘇る。陽汰と見た護身術の動画が鮮明に脳裏に浮かんだ。
閉じかけていた目を開く。
視点が、小野寺の鼻の下をクローズアップする。
死んでたまるか。
佳音は力強くこぶしを握り、体中の力を振り絞ってそこを殴った。小野寺はくぐもった声を上げ、体をのけぞらせた。佳音は這い上がり、のけぞる小野寺の股間を思い切り蹴り上げた。
悲鳴を上げる姿は見ず、玄関に走り鍵を開けた。
そのまま、錬の胸に飛び込む。
「佳音!?」
困惑の声を上げる錬に、佳音は耳打ちした。
「あんまり騒いだら、警察呼ばれる。身元確認されたら困るでしょ?今は、黙って連れて逃げて。」
それから、小野寺のほうを振り返り、ポケットからスマートフォンを取り出してかざした。
「今までのこと、全部録音していますから。」
のたうち回る小野寺にそう吐き捨てて、錬の腕に体を預けた。
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