みんなに守られている-3

 そう言って、悔しそうに唇をかんだ。


 「少し情報を調べ、整理しました。洗脳やマインドコントロールにかかりやすい人は、自分に自信がなく、孤立しがちな人のようです。佳音さんは看護学校へ通っているとき、『成績が悪くて要領も悪い』と言っていましたし、お友達もうまく作れないと悩んでいましたね。お仕事を始めてからも、同じようなことで悩んでいたのではないでしょうか?」


 「正人さんの、言う通り。」

 佳音は看護師一年目のさんざんな自分を思い出しながら頷いた。


 「一方で相手の男の手法は手慣れているように感じます。コントロールしやすい人間にやさしくし、助けてくれる人間として近づきます。そして、ターゲットに自分自身を貶めるようなキーワードを刷り込んでいくんです。


 佳音さんの場合、『頭が悪い』『要領が悪い』『手際が悪い』『判断が遅い』『ミスが多い』というさっき言っていた言葉でしょう。何度も言われ、自分でも口にするうちに自分自身をその言葉の型にはめ込んでしまい、身動きができなくなり、さらに自信をうしないます。


 そして、大きな失敗をした時に助け舟を出すようなことをし、『自分がいないとだめなのだ』という状況を作ります。距離を詰め、今度は暴力という恐怖とやさしさという弛緩でコントロールしていきます。


 周囲の人間との関係を遮断し、支配される側と支配する側という二者関係に閉じ込めさらに洗脳を深めていくんです。」


 正人の言葉で、思い当たる様々な出来事がよみがえる。震える体を、波子が抱き寄せた。


 「佳音さん、つらい思いをさせてしまい、すいません。でも、続けさせてください。今、客観的に自分の身に起こったことをとらえることが、洗脳から解放されるためには必要なんです。」

 正人は、膝の上のこぶしをぎゅっと握り、眉をしかめた。話す正人の胸も痛んでいるのだろう。佳音は、小さくうなづいた。


 「佳音さんは、友人関係も、家族との関係も捨てるように言われたのではないですか?」


 佳音はもう一度頷いた。

 「みんなの連絡先を削除されたし、お母さんのことは毒親だから、付き合うなって。今日も、実家には行ってはいけないと言われてる……。」

 抱きしめる波子の腕に力がこもる。


 「では、佳音さんにとって、波子さんは毒ですか?」


 佳音は、力強く首を横に振った。

 「そんなわけない。お母さんは、世界一やさしいお母さん。私の家族は、この世で一番素晴らしい家族。それだけは、譲れない。」

 あふれる涙を手の甲で拭う。正人が、大きくうなづいた。


 「そうですよ。そうなんですよ。相手の男の言葉は、正しくはないのですよ。佳音さんはダメな人間ではないです。相手の立場にたって、じっくりと考え、慎重に行動できる、優しく思慮深い人なんですよ。佳音さんは魅力あふれる方なんです。僕らはみんな佳音さんのことが大好きなんです。ここにいる人はみんな。そして、美葉さんも、錬君も。」


 「そうだ。美葉が一番最初に、佳音がおかしいって気づいたんだぜ。スマホから手ぇ出して、胸ぐらつかむ勢いで電話かけてきたんだから。」

 あの電話だ。佳音は思い出し、また涙があふれてくる。


 錬がいなくなり、連絡を取る手段も失い、どうすることもできなくて、病院の公衆電話から電話を掛けた。声を聴いただけで涙があふれてくるのを、悟られないようにしていたつもりなのに、あっさりとばれてしまった。大声で泣き出してしまいそうで、慌てて電話を切ったのだ。


 「みんなに、守られてる……。」

 佳音は思わず、両手で顔を覆った。


 「そうだよ、みんな佳音を守る。だから、約束だ。佳音は絶対に一人で行動しないこと。相手の男が何とかして佳音を取り戻そうとするかもしれないからさ。」


 悠人の言葉に、佳音は大きくうなづいた。

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