みんなに守られている-2

「……え?」


 スマートフォンに向かって叫ぶように話す波子の言葉に、佳音は思わず間の抜けた声を上げた。


 「……は?看護師長につなぐ?だめだめ、それじゃあ。看護師長さんだか何だか知らないけど、そいつはだめよ。だったら、それよりも偉い人につないでちょうだい。」

 「お母さん、ちょ、ちょっと待って……。」


 手を伸ばした佳音に向かって、波子はウインクをよこした。それからすぐ、まじめな顔になる。


 「あんた、看護師長さんよりも偉い人?看護部長。はぁ、なるほどね。あんた、部下の教育なってないよ。うちの娘はね、師長さんから暴力を受けてたんだからね。教育だか何だかきれいごとを言ってね。そんなところに大事な娘は預けられないからね。今日限りでやめさせてもらうよ!」

 そう言って、スマートフォンの画面をポンと叩いた。


 「これで良し。」

 「良しって……。」

 ため息をつき、絨毯に目を落とす。


 娘を思ってなのは分かるが、暴挙といっていい母の行動に呆気にとられる。世話になった同僚達はどう思うだろうかと想像すると、身の置き場が無いように感じた。いい年をして、母親に退職の電話をかけてもらうなんて。しかも、いきなり辞めるだなんて。


 戸惑う佳音の肩を、悠人がポンと叩く。


 「これで良しだよ、佳音。いいかい、お母さんのいう通り、命が大事なんだわ。お前、自覚してないかも知れないけど、このまま行ってたら虐待行為がエスカレートして死んでいたかもしれないし、追い詰められて自殺してたかもしれないんだぜ。」


 「悠兄……。」

 「その男が、このまま黙ってあきらめるとは思えないんだわ。それに、佳音の心もまだ安定しないだろうから、うまく言いくるめられて元に戻ろうとするかもしれんね。ここはみんなで、力を合わせて佳音を守ろう。」


 「さすが、悠兄。」

 健太がにやりと笑う。悠人が親指を立て、歯を見せて笑う。


 「まず、確認なんだけど、相手の男に居場所がわかるようなもの、持たされてないかい?」


 そう問われ、佳音はスマートフォンを差し出した。

 「GPSアプリを入れられてる。」

 陽汰が手を差し出した。スマートフォンを受け取ると、慣れた手つきで操作する。


 「アンインストール完了。ついでに、ボイレコ入れた。」

 「いいねぇ。ボイスレコーダーか。使わないことを祈るけど、もし顔を合わせるようなことがあったら、どんな些細な場面でも録音しておくこと。」

 佳音は、うなづいた。徐々に、体に力が戻ってくる。


 「GPSはスマホだけ?」

 続いて問われ、首を横に振った。


 「まだあるはずなの。でも、どこにあるのかわからない。鞄の中の物のどれかであるはず。」

 佳音は、ショルダーバックの中身をテーブルの上に取り出した。


 財布、化粧ポーチ。化粧ポーチの中は、口紅とファンデーションと油取り紙。生理用品が入ったポーチ。ハンカチ、ティッシュペーパー、家の鍵。


 陽汰が、鍵を指さした。

 「キーホルダー型GPS発見。」


 陽汰はキーホルダーを外すと、浪子から精密ドライバーを受け取り、分解しはじめた。中の基盤を細かく裁断する。


 このキーホルダーは、小野寺と付き合い始めてすぐにもらったものだった。


 最初から、監視されていたのだ。


 ぞくりと、寒気が走った。

 初めて小野寺が怖いと思った。


 「最初から、服従させようと思ってたんだね……。」

 恐ろしい時ばかりではなかった。優しい時もあったはず。それも、偽物だったのだろうか。

 正人が、佳音のほうへ少し体を乗り出した。


 「佳音さん、残念ながら、最初からターゲットにされていたのだと思います。」

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