病という隠れ蓑-2

 だって、約束じゃないか。


 「あ、怒った。」

 のえるの指摘に驚く。


 「今度は驚いた。」

 こっちの感情をいちいち指摘しないでほしい。


 「困ってる。」

 ……困っている、確かに。これじゃあ、どんな顔をしていいのかわからない。


 陽汰はそっぽを向いた。

 のえるが耳元に視線を投げてくる。その視線は柔らかい。


 派手なマスカラと冷たく見えるカラーコンタクト。挑発的な視線と態度で、相手を威嚇するような女性。これが、動画で作り出している「のえる」という人物のイメージ像。しかし本当は、ふわりとして優しい、どこか包容力のある女性だと、こうして頻繁に会うようになって気付いた。


 「陽汰は感情豊かだね。言葉に出さなくても、気持ちが通じる。」

 耳がかっと熱くなる。きっとのえるは赤くなった耳を見つめているだろう。

 「だから、こうやって会って話したいんだよ。文字だけじゃ伝わらないやり取りがしたいから。」


 反応を返すことができなくて、俯いてしまう。きっとこの行動からも、のえるは感情を読み取っている。居たたまれない気持ちになる。そういうのには、慣れていない。


 「陽汰は、頭の中にある豊かなイメージを『音楽』で表現してる。それは素敵だよ。でも、音楽って方法だけじゃ伝わらないものも、あるじゃん。それは、伝えなくてもいいの?」


 突然切り込んできた言葉に、身構える。


 ……伝えない、ということを望んでいるわけではない。でも、伝えることができないからやめたのだ。外の世界に自分の気持ちや考えを伝えるということを。


 思考を言葉にする機能が働かなくなる。それでも何とか頭を動かして、石のように重たい口を動かして、ひりつく喉から声を出す努力をしたことは、ある。


 でもその努力は無意味だった。


 必死で伝えても無視されたり、嘲笑われたりして踏みにじられるだけだった。言葉を発したらそのことを不思議がって、言葉の内容をまるで無視されたこともある。時には大げさに、言語化したことを褒められた。それも居心地が悪かった。まるで初めてお使いに成功した子供を褒めるみたいで、馬鹿にされたように感じた。


 もうやめてほしい。


 陽汰はのえるの間のシャッターを閉じて心を前髪の内側に封じ込めようとした。


 「千紗さんから、聞いたよ。陽汰は『緘黙症』って病気なんでしょ?」


 封じ込めようとした心を、意外な言葉が表に引きずり出した。

 あの、兄嫁。気軽に人のうわさ話をして。

 腹の底に怒りがわいてくる。


 「病名がついているなら、治す方法があるんじゃないかって、色々調べたんだよ。でも、明確な治療法はないんだね。」

 陽汰は頷いた。薬か何かで治るのならいいのにと、何度思ったことか。


 幼少期に発見されて、心理療法を受けたり周りのサポートを受けたりして回復し、普通に社会で生きている人もいる。でも、自分は発見が遅かった。


 「……陽汰は、自分についた病気の名前を隠れ蓑に使っていると思う。」

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