病という隠れ蓑-3

 のえるの言葉は、鋭いナイフのように、容赦なく陽汰の心をえぐった。陽汰は息ができないほどの衝撃に、体を硬直させた。

 

 しかし、言葉を放った本人の方が、傷つけられたような顔をしている。苦しそうに顔を歪め、痛みに耐えるように奥歯を噛みしめている。瞳だけは、まっすぐ陽汰に向けられている。自分の言葉が陽汰の心を無遠慮に踏みにじっていることを十分に承知していて、その結果を全て目の当たりにしようと決意しているようだった。


 「きついこと言ってごめんね。でも、私にはそう見えるんだよ。陽汰は病気のせいで社会とうまく繋がれなくなった。でも今は、その苦手な社会とつながらなくて済む言い訳に、病気の名前を使っているように見える。」


 のえるの言葉は真をついていた。


 「緘黙症」という病気であるから、両親も兄も仕事を探せと言わない。農業の手伝いをしていれば、残りの時間は好き勝手に使える。「バイト代」としてもらえる両親からの小遣いで、好きな機材も買える。

 居心地がいいのだ、今の環境は。だから、敢えて辛い思いをして社会とつながらなくてもいいと思っている。


 自分は、緘黙症だから。病気だから仕方がない。そう思って。


 「治療法がないけれど、治らない病気ではない。そうでしょ?」


 一番突き付けられたくない事実をのえるは容赦なく目の前に持ってくる。のえるが自分のことを思って、そうしているのだということもわかる。

 でも、子供じみた怒りを抱いてしまう。


 「今度こそ本気で怒らせちゃったね。」


 のえるはため息をついた。そのため息は小さな針のように胸をチクチクと刺していく。


 「陽汰を責めたいんじゃないの。陽汰と一緒に前に進んで行きたい。アッシュのレーベルにチャレンジしたいの。でも、今の陽汰じゃいつか辛くなると思う。陽汰に、病名とか前髪とかそういうのに隠れないで一緒に前を向いてほしい。」


 のえるは、二度目のため息をついた。陽汰はそのため息が水色をしていると感じた。


限りなく透明に近い、今にも溶けて消えてしまいそうな水色。


こんな悲しいため息を見たのは初めてだと思う。


 「……わたしも、普通に生きられない人だから。このチャンスを逃したくないの。自分が生きていける世界につながっているかもしれない。これを逃すともう偽りの自分をこの世界に無理矢理当てはめて生きなくちゃいけなくなると思う。」


 のえるは立ち上がった。


 「でも、陽汰に取ったら身勝手なのかもしれないね、私の言い分。」


 のえるの声は、本当に悲しそうだった。しかし、陽汰は顔を上げることすらできなかった。

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