百年後の世界に茶室を届ける-2

 思わず泣き言を言ってしまう。本間は一瞬きょとんとして、それから豪快に笑った。


 「看板娘に泣きつかれてはなぁ。檜は日本建築の中でも強度は飛び抜けて高い。でも、乾燥方法がキモや。天乾材の檜、今時なかなか手にはいらんのや。」

 「やっぱり、天然の乾燥と人工で乾燥させたものではそんなに違いがあるものですか?」

 「あるな。」

 本間は即座に頷いた。


 「木材は、乾燥しながら強度を高める。檜は切った直後は水分量が200%。それを15%まで乾燥させる。人工の乾燥では、無理が出る。ヒビや反りも出てくるし、強度も落ちる。でも、そこまで自然に乾燥させようと思ったら十年以上かかるねん。」


 「……十年……。」

 無理だ、と思ってしまう。ただでさえ場所をとる木材を、十年かけて乾燥させるなんて、効率が悪すぎる。


 「流石に、そんなことしてるところはないでしょうね……。」

 「いや、それがあるんや。」

 絶望的な呟きを、本間は即座に否定した。しかし、その顔は晴れやかでは無い。


 「あるにはある。でも、数量が限られているから買えるかどうかは分からん。」

 「……創業百六十年の木寿屋でも、ですか?」

 「せやから、わしが交渉したろ。嬢ちゃんのためや。」


 「ありがとうございます!」

 美葉は思わずぴょんと跳びはねた。本間が声を出して笑う。


「見てて飽きんな、あんたは。……で、図面は持ってきてるんか?」

 「勿論です。」


 肩に担いだ筒状の図面ケースから、A1サイズの図面を取り出し、両手一杯に広げた。本間は紙の右端を持って広げるのを手伝ってくれた。その手は何度か洗って毛羽立った軍手を履いている。


 本間は端から端までじっくりと見渡し、一つうなり声を上げた。


 「この立礼卓とお客様の卓は別注で大きさはもう決まっているんです。で、車椅子の駒子さんが動きやすいように室内のスペースをできるだけとる工夫をしたんですね。外壁を土壁にして、内壁を薄くするとか。そうすると、暖房効率が悪くなってしまうと言う問題が起こりました。温暖化の影響で夏も暑いだろうし。トイレも、もう少し工夫が必要ですし、何より躙り口の形は変えないといけないかなって。」


 田中という人物のメールを思い出すと腹が立つが、今は立ち向かうしか無いのだ。指摘された問題は、意地でもクリアする。


 「エアコンの吹き出し口が目立たん奴は、売ってるやろ。旅館とかに使うてる奴。」


 本間の言葉に美葉は頷いた。

 「あるんですけど。でも吹き出し口は吹き出し口なんですよね。そこだけ浮きそうで。」


 うーん、と本間はまた唸った。


 「茶室の天井は、どの形にするんや?」

 「それ、悩みどころですね。駒子さんには、全体の雰囲気に会うもので、としか指定されていません。トータルで考えないとと思ってます。」


 「使える材、見てみるか?」

 「はい、是非っ!」

 本間はにんまりと笑ってから手招きをした。

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