百年後の世界に茶室を届ける-3

 茶室の天井の種類は、数多くのバリエーションがある。

 天井の構造――いわば天井の形だけでも、四種類。


 一般住宅と同じ平らな天井を「平天井」という。天井なのだから平らで当たり前だと思われがちだが、そうではない。「落ち天井」という高さが途中で変わっている二段構えの天井がある。大概お手前をする亭主側の天井が低く、客側の天井が高い。これは、亭主が客に対してへりくだっていることを示している。


 天井裏をそのまま見せる「駆け込み天井」、天井の中央部分が三角形に盛り上がった「船底天井」なるものもある。


 バリエーションは構造だけでは無い。天井表面の仕上げも様々な方法がある。


 一番シンプルなのは、細い角材に板を等間隔に渡した「竿縁天井さぶおちてんじょう」である。竹や木材を薄く削った片板へぎいたを編み込んだ網代あじろ天井、葦や淡竹などで作ったすだれを張った簾天井、蒲や籐で作ったむしろを張った莚天井、天井を張らずに屋根裏の構造そのままの「化粧屋根裏」、角材で格子を組んで板を張った「格天井ごうてんじょう」。


 仕上げのバリエーションは五つもある。


 「嬢ちゃんみたいに若い子は、筵なんて知らんやろ。」


 本間は棚の奥から1m四方のベージュ色の敷物のようなものを取り出した。稲藁で編んだもののようだ。


 「それが、知ってるんですよねー。北海道では、庭の木の冬囲いに使うんです。」

 人差し指を立てて得意げに答える。正人と蝦夷山桜や紫陽花の冬囲いをしたことを思い出す。紫陽花の枝が折れないように筵でくるんで縄で結んでいた。


 ほう、と本間が感心したような声を出した。美葉はその隣に立てかけてある簾を指さした。


 「私はこっちの簾のほうがなじみがないです。京都に来て、日よけに窓際に立てかけているのを見て、風情があるなーって思っていました。」

 「そやな。京都の夏は暑うて、窓からの日差しを遮っとかんと家の中が蒸されてかなん。」


 「この筵とか簾を天井に貼るんですね。」

 「そういうことや。特に駒子さんとこの茶室みたいな小間では落ち天井にすることが多いんや。狭い空間をいかに広く見せるかという工夫やな。そんで、亭主側の天井をがまの筵にすることが割と多いな。蒲天井言うんやけど。」


 本間はまた棚の奥をまさぐり、1m四方の筵を取り出した。美葉はそれを手に取った。ひんやりとした感触に驚く。稲藁の筵よりも軽く、皇かな手触りだ。一本一本が均一の細さで控えめな光沢があり美しい。


 「これが、蒲の筵?」

 「そうや。夏の季語にも使われるな。わしらが子供のころは夏にこの蒲筵を敷いて涼んどった。」

 「へぇ!」


 蒲筵を亭主側の天井に敷き、落ち天井にする。いいかもしれない。ただ、そうするとやはり問題となるのが照明だ。蒲の筵の天井に、ペンダントタイプの照明は確かに合わない。


 「照明器具……。」

 ため息をつく。独り言のつもりだったが、本間に聞こえたようだ。


 「照明器具な。」

 本間も首をかしげた。


 「昔は、窓からの光と行燈みたいな照明器具やったと思うで。元々、茶室は光と影の美しさも大事に扱ってたはずや。突き上げ天井言うて、化粧天井に天窓を開けることもあったらしい。」


 「天窓?」

 驚いて聞き返す。


 「そうや。屋根の上を切り取って蝶番で繋ぎ、外側にはね上げて、つっかえ棒みたいなんで支えるんや。」

 本間は両手で突き上げ天井の形を示して見せた。この窓を開けるのはなかなか大変な労力だと思う。


 「窓からの景色を堪能するためでもあるんやて。」

 「はぁ……。」


 美しいものをめでるためには工夫と労力を惜しまない。昔茶の道を極めた方々の情熱に感動を覚えた。


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