百年後の世界に茶室を届ける

百年後の世界に茶室を届ける-1

 電車の中で美葉はずっと考えていた。


 百年続く茶室を作る。


 日本の木造建築の寿命は三十年と言われていた。木材は劣化していくからだ。しかし、本当に良い木材を使ってしっかりと施工し、メンテナンスを怠らなければ木造建築でも百年以上使い続けることは出来る。


 だから、使う資材の質が重要なのだ。時間の経過と共に味わいを深めていき、日本庭園に溶け込んでいくほどの風格を持つ木材。


 であれば、専門家に聞けば良い。

 と言うことで電車を乗り継いで本社横の資材倉庫に行くことにしたのだった。


 資材倉庫である人物を探す。倉庫の中をのぞき込んでいると、背中をぽんと叩かれた。驚いて振り返ると、お目当ての人物がにこやかな表情をたたえて立っていた。


 「本間さん、今日は!探してたんです!」

 黒髪よりも白髪の方が目立つ初老の男は、黄色いヘルメットの下でうんうんと頷く。


 会社で最も木材に詳しい人物。本間は入社当時からお世話になった。木材について兎に角知識を深めたいと思っていた時期に毎日暇を見付けては資材倉庫に通っていた。本間は美葉の質問に嫌な顔一つせずに対応してくれ、質問以上の答えをくれた。


 「嬢ちゃん、今日は何を探しとるん。」


 本間は未だに美葉のことを「嬢ちゃん」と呼ぶ。片倉にそう呼ばれたら張り倒してしまうくらい腹が立つだろうが、熟練の倉庫番にそう言われても何の腹も立たない。


 「本間さんに、相談に乗って貰いたいことがあるんです。実は茶室の立て替えを担当することになって。」

 本間は細い目を更に細めた。目尻に深い皺が寄る。


 「また……、難題を担当したもんやナ。嬢ちゃんもえらなったもんや。」

 「いえいえ、えらくはなってないんです。社長のお知り合いの方で私も懇意にしていただいている方なので、その繋がりで。


 でね、その茶室は古くからある日本庭園の中にあって、日本庭園はそのままで、基礎の上は全て新築、というケース。でも、最初から日本庭園にそぐうものは出来なくていいとおっしゃっていまして。これから百年かけて、古くていいものになってくれたら良いと。……その茶室に使うべき木材って、何でしょう。」


 本間は顎をなでながら天井を仰いだ。そのまま、考え込んでしまう。


 倉庫の中は、所狭しと建築用の木材が並んでいる。柱に使うであろう太い角材や、垂木とおぼしき細い角材。様々な幅の板材など。木寿屋は上質の木材しか取り扱わない。その木材の発注や管理を一手に引き受けてきた本間が悩むとは。


 「……ここは、檜一択なんや。問題は、その材質やな。それ、駒子さんの茶室やろ?」


 「ええ。」

 美葉は口をあんぐりとさせながら頷く。

 「本間さん、駒子さんをご存じで。」


 「当たり前やん。先代の社長からお世話になっている人や。取引先の接待に茶室を使わせていただくことも多いやろ。わしも一回だけ、あの渋いお茶のみに行ったことあるわ。もう、こだわりの塊みたいなお人やからナ。その駒子さんに、後世に残る茶室と言われて頼りない木材を使うわけにはいかんやろ。」

 「……そう、ですよね。」

 汗が出てくる。駒子さんは木寿屋では自分が思っているよりもずっと有名人のようだ。


 「百年って、わかりやすう言うてはるだけで求めてるのはもっとずっと先まで伝わる伝統の茶室や。後の世に、本物の日本人の心を伝えるような。」


 改めて言われると、冷や汗が吹き出してくる。

 「でも、バリアフリー仕様をお求めなんです。本間さーん、助けて下さいよー。」

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