躙り口は異世界の入り口-2

 新築の茶室と歴史ある日本庭園。


 たとえ日本の伝統的な建築様式を採用したとしても、時間と空間はばっさりと切り離されてしまうだろう。手の平に汗が滲むのに、指の先が冷たくなっていくようだ。


 古材を使えば庭に合わない「真新しさ」が解消されると安易に思っていたかも知れない。


 美葉はにじり口の前に立った。


 60㎝四方の板で作られた入り口の戸。膝下くらいにあり、その下には平たい丸い石があるだけ。


客はその石の上に膝を突き、一度にじり口から顔を出して左右を眺め、そして両手を入り口の畳について身体を浮かし、にじりながら入っていく。つまり、膝を少し浮かせて腕の力で前進していくのだ。とても窮屈で、結構大変な動作なのに、上品に振る舞わなければならない。


 美葉は常々この入り方について疑問といささかの不愉快さを抱いていた。


 普通に入ればいいじゃん。


 乱暴に言えばそう思っている。


 「克子さん、今更かと思いますが、躙り口って皆この形状なのですか?」

 無知なことをさらけ出しても、克子は駒子と違って叱りはしない。だから気軽に疑問を言葉にすることが出来た。克子は口元にこらえきれないというような笑いを浮かべた。


 「普通に入れる入り口を作れと、いつも美葉さんの顔に書いてありますもんね。」

 「えっ!」

 美葉は思わず頬をこすった。


 「ええのですよ。私も昔はそう思うていましたから。でも、この躙り口の由来を聞くと、なかなか奥深くて感動的なんです。」

 克子はそう言い、一見粗末に見える戸板に手を置いた。


 「この板の貼り合わせ方、奇妙やと思いませんか。」

 手を置いた板を軽く見上げて克子が言う。


 美葉は改めて躙り口の戸板を見つめた。


 人がやっと一人は入れるほどの間口。その戸板は二枚の板を貼り合わせて作られている。


 「あれ。」

 美葉は奇妙なことに気付いた。


 二枚の板は随分不細工な作りだと思ったのだ。40㎝くらいの幅の板と、20㎝くらいの幅の板を貼り合わせてある。60㎝くらいの幅なら、一枚板でも作れただろうし、二枚貼り合わせるならば同じ幅の木を貼り合わせるべきである。いや、それよりももっと細い木を幾本か貼り合わせてもいい。でも、どうせなら全て同じ幅にしたい。


 あり合わせの木で作ったのだろうか?いや、そんなはずは無い。格式の高い茶室の、客人を迎える入り口にそこらにあった板を無造作に貼り合わせるなんて。


 「気付きはりました?この奇妙な幅の木材の貼り合わせ、何故やと思います?」

 「……木材、足りなかったのかな?」

 失礼かと思いながら、答える。案の定克子はぷっと吹き出した。


 「美葉さんは面白い方。」

 多分褒められてはいない。恥ずかしくて頬が熱くなる。


 「この幅の突き合わせには、『まだ未完成である。』という意味があるんです。この幅からまだ広がりゆく余地がある、そういう意味を示しているのです。」


 「ほう……。」


 敢えて、そろいでは無い幅を合せることで空間が未完成であると言うことを示唆する。なかなか上級な技だ。いや、こんな高飛車な考えでは千利休に怒られる。


 「そして、この戸は現世と茶室という異世界を繋ぐ扉です。」

 

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