躙り口は異世界の入り口
躙り口は異世界の入り口-1
翌日美葉は駒子の茶室を訪れた。
約束の時間よりも少し前に到着したのに、克子はすでに数寄屋門の前で待っていてくれた。しかし、いつもの着物姿では無く、今日はスラックスにブラウス姿で、髪を下ろしている。いつも着物に合わせて結い上げているので、こんなに長い髪だったのかと背中を覆う黒髪を見つめる。
四十代と思われる克子は、いつもの控えめな女性からキャリアをもって働く女性の雰囲気に変身していた。
「克子さん、素敵ですね。」
美葉は思ったことを素直に口にした。克子は柔らかな微笑みを返し軽く頭を下げる。
「今日は、父の会社に出向いていたので。茶道だけで食べていくわけにもいかないので、会社の秘書と掛け持ちをしているのです、実は。」
「へぇ、ますます格好いい。」
社長の秘書で、茶道家なんて。キャリアウーマンと茶道の師範。ビジネスライクなパンツスタイルと和服。どちらもそつなくこなしながらも、一歩も二歩も後ろに下がって相手を立てる慎ましい女性。自分と重なる要素は全くない。
「格好いいものでもあらへんのです。身内にええように使われて。ほんまは兄が会社の事をせんとあかんのに瘋癲の寅さんみたいにふらふらしているもので。」
「お兄様にお目にかかったことありませんものね。五年もこちらにお世話になっているのに。」
「ええそうなんです。母が倒れたと聞いて流石に駆けつけてくれましたけど、命に別状無いと聞いたらまたふらりとどこかへ。……まぁ、いろいろあった人やから私らもあまり強いこと言いずろうてね。」
そう言いつつ、克子は門を開けて中へ導いてくれる。
飛び石は濡れていた。石に寄り添うように生えているハコベの葉にも水滴が付き、日差しを浴びてキラキラと光っていた。
自分にさえ、打ち水をして出迎えてくれる。おもてなしを受けると言うことは、やはり嬉しいことだ。そして、細かなところまで行き届いたおもてなしの心には、いつも感心する。
「克子さん、お忙しいのにお時間をいただいて申し訳ありません。」
自然と自分の頭も低くなるような気がする。
このところ秋雨前線の影響で時折まとまった雨が降る。お陰で、日本庭園の木々の葉はみずみずしい。
低木や置き石を見ながら歩いていると茶室が見えてくる。ひなびた姿は景色に溶け込み、もう何百年も前からそこにあるものに見える。
ここに、新しい茶室を作る。
冷や汗が滲む。
この日本庭園はそのままに、新しい建物をここに作る。それは、とても罰当たりで重い責務であることに今更気付いた。
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