友の姿-2
「なんだ、いい彼氏じゃん。」
紺色のデミオに乗り込みながら健太が満足そうに言う。
佳音の家には一時間ほど滞在した。小野寺は自分らを気遣い、宅配ピザを注文してくれた。地元には宅配ピザはなく、健太は感激してLサイズのピースを三枚も食べた。
本当に能天気だと、陽汰はうんざりする。
小野寺は佳音が看護師としてまだまだ未熟で、公私ともに自分が支えているのだとアピールしていた。一見穏やかで包容力のある男に見えるが、目が気に食わない。
時折向けられるさげすむような視線。ひっそりと佳音に向けられる攻撃的な視線。
そう言う視線を向けるやつは、人を傷つけることを何とも思わない。中学生になったころから、常に自分に向けられてきたものだからよくわかる。
佳音は繕うような笑いを浮かべていたが、ピザにはほとんど手を付けなかった。あの大ぐらいの佳音がだ。
「手が震えてた。」
少しは気付けよという気持ちを込めて、健太に言葉を投げる。
「……そうか?」
健太の問いに、うなづく。
「おかしい、なんか。」
「そうかなぁ。」
多分健太にはわからない。健太は大きなものしか見えない奴だ。
でも、今騒ぎ立てるのは得策ではない気がする。あの男は狡猾そうだ。下手に動いたら、自分たちが悪者にされ、身動きが取れなくなるかもしれない。何が起こっているのか、見極めないと動けない。
しかし、どうやって?
連絡を取ろうにも拒絶されているのか既読すらつかない。手の打ちようがない。せっかく異変に気付いていても、動けない。
錬の二の舞にしたくない。
『俺、お前の作る音楽好きだぜ。あきらめずに頑張れよ。』
いなくなる直前、錬はLINEでメッセージを送ってきた。突然送られてきた、脈絡のないメッセージに違和感を覚えたが、ありがとう、とだけ返した。その後、何をしても既読はつかなくなった。当たり前だ。錬はスマホを水没させて使えないようにし、姿を消したのだから。
ショッピングセンターやラーメン屋の明かりが流れて消えていくのをぼんやりと眺める。
こんな時、正人に相談できたらいいのに。
心から何かがあふれて持て余しそうになったら、樹々に行く。あそこに行けば、のほほんとした正人があふれたものを受け取ってくれる気がしていた。
でも最近は、ショールームに鍵がかかり、工房にこもる正人は寝ているか鬼気迫る形相で仕事をしているかのどちらかだ。気軽に声を掛けられない。
「そういえば、お前らの新曲、再生回数やばくね?」
健太に突然振られた話題に、頬が熱くなる。
のえると
そして、信じられないことが起こった。
アッシュという有名なミュージシャンのプライベートレーベルから、契約しないかとオファーが来たのだ。のえるはもちろん大喜びで、ぜひ契約したいというが、自分はまだ二の足を踏んでいる。
――職業、フリーター。
その肩書が『ミュージシャン』に変わる。
それを目指してやってきたはずなのに、いざ表舞台に立ち、たくさんの人たちと相対してやっていかなければならない状況になると、怖くなってしまったのだ。
のえるは、交渉事はすべて自分がするので大丈夫だと言ってくれる。だが、それも悪いと思う。
――自分は、必要なのだろうか。
もしかしたら、のえるだけでいいのではないだろうか。そんな風に思えてならない。
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