友の姿
友の姿-1
日勤帯の仕事から帰宅し、すぐに夕食の支度にとりかかる。小野寺は八時ごろに帰ってくるだろう。それまでに、食事の支度を終えて部屋を整えておかなければ。
サバの味噌煮と、厚揚げと京菜の煮物、大根の浅漬け、かぼちゃと長ネギの味噌汁。
小野寺が好むのは和食で、品数をそろえないと機嫌が悪くなる。美葉ならばこれくらいの食事は難なく作るだろう。しかし自分はあまり料理をしたことがなく、味付けがうまくいかずによくしかられる。実家でもっと節子に習っておけばよかったと、後悔する。
節子は、どうしているだろうか。
ベッドに横たわったまま、日々を過ごしているのだろうか。リハビリくらいはするだろうけれど、入院生活は刺激が少なくて認知機能は衰えてしまうだろう。見舞いに行って少しでもいいから話し相手になりたい。
と、突然玄関のチャイムが鳴った。
小野寺は勝手に中に入ってくる。宅配便を頼んだ覚えはない。こんな時ドアチャイムだけではなくインターホンがあればいいのにと思う。警戒しながらドアを細く開けた。
「よう、久しぶり!」
その細い隙間から、健太が顔をのぞかせた。
「健太!」
なつかしさに大きくドアを開けると、その隣には陽汰が立っていた。
「陽汰!」
陽汰は額のあたりに軽く手を挙げた。
「二人とも、どうして……?」
懐かしさに躍る心が、急激に冷えた。覆い被さるように、恐怖と不安が押し寄せてくる。自然と声のトーンも低くなった。
「いや……、なんかさ、連絡がつかないし、心配になって。久しぶりに顔見に来た。ちょっと、上がってってもいいかい?」
「それは、だめなの。」
佳音は慌てて首を横に振った。こんなところを小野寺に見られたら、ただでは済まない。
「わ、私は大丈夫だから。帰ってくれない……?」
仲間を心配してきてくれたのに、こんな言葉をかけるしかない。悲しくなり、地面を見る。健太の靴は泥で汚れていた。今時期は、毎日夜遅くまで作業をしなければならないはずだ。その大事な時間を削ってきてくれたのに。
「佳音。」
健太の手が、肩に置かれた。日に焼けて、ごつごつしている。農家の男の手だ。
「大丈夫じゃねぇべ?」
涙が出そうになり、歯を食いしばる。
「美葉が心配してたぞ?それに、お前が俺らを門前払いするなんて、ありえないだろ?何があった?」
「なにも、ないよ。」
そうだ、なにもおかしいことはない。小野寺は自分を守り、教育してくれているのだ。折檻をするのは自分の頭が悪くて、痛みを伴わないと学習できないからだ。でも、今起こっていることを健太や陽汰が知ったら、暴力だと大騒ぎする。小野寺から引き離される。そんなことをされたら、自分は看護師として生きていけなくなる。
「本当に、何にもないから、帰って。」
健太と陽汰は余計なことをしに来た。
二人の存在が急激に自分と敵対するものに変わる。知らず知らずにきつい口調になった。健太が一瞬ひるんだような顔をした。
「突然押し掛けるなんて、おかしいでしょ。こっちにはこっちの都合があるんだよ。勝手にやってきて、家に上がらせろなんて、失礼にもほどがある。」
畳みかけるように言う。自分から小野寺を遠ざけるものは敵なのだ。健太をにらみつける。健太は、困惑の表情を浮かべてこちらを凝視している。
緊張を含んだ空気が流れる。
「何、恐れてる……?」
ぼそりと、陽汰の声が聞こえた。前髪に隠れた視線が、自分に向けられている。
恐れている?
言葉の意味が分からない。自分は何も恐れていない。小野寺が守ってくれているのに、何を恐れる必要がある?鼓動が早くなる。のど元を締め付けられるような息苦しさを感じる。
これは、恐れ?
無意識に胸に両手を当てた。
その時だった。
「お客様かな?」
小野寺の声がした。鼓動が大きく動き、そのまま止まってしまうかと思うほど驚いた。健太の背後にスーツ姿の小野寺が近付く。健太が振り返る。180㎝を超える健太と小野寺の肩が並んでいる。
「ああ、どうも。俺たち、佳音の幼馴染です。ひさしびりに、顔見たくて遊びに来ました。失礼ですけど、彼氏さん?」
健太が顔にしわができるほどの笑顔を作って言う。小野寺も柔らかい笑顔で応じた。
「はい、お付き合いさせていただいています、小野寺です。こんなおじさんで、恥ずかしいな。」
ははは、と軽く笑い声をあげながら、鞄を佳音に手渡す。
「立ち話も失礼だ。上がっていただきなさい。」
そう言って、佳音に向けられた視線には、冷たい怒りが浮かんでいた。
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