挑戦状

挑戦状-1

 ゼンノーの田中伝いに、家具職人から図面が送られてきた。

 前回の立礼卓りゅうれいじょくとはがらりと違う趣のものだ。


 普通、茶室の炉は畳を正方形にくりぬいてそこに置かれている。その本来の形をテーブルにしたような、独立した炉。同じ大きさの正方形のテーブルは、客人の人数によって配置を変える事ができる。シンプルな形状はどの配置にしても、おさまりがよく上品に見える。駒子が座るテーブルだけは、前垂れがつき車いすが見えないよう配慮されているが、ほかのテーブルは天板と側板だけのシンプルな作りになっている。


 椅子もしかり。ウォルナットは重量があるので、少しでも軽く運べるようにという配慮だろうか。テーブルに椅子が入れ子のように入るので、収納場所も最小限で済む。


 『床の間を削るなんてもってのほか。四畳半を超えると小間ではなくなる。』


 駒子のこだわりは強かった。しかし、テーブルがこの大きさであれば、最大四人収容できる。ただ、四人入ってしまうと車いすで移動するのはかなり困難なのだが。


 「あと10㎝くらい、何とかならないかな。」


 図面を見ながら考える。駒子であれば、茶事の途中で中座することはないだろう。しかし、もしも万が一途中で気分が悪くなってしまったら、介護者が後方に回って車いすを引き出すことができない。


 削れるところを探す。先入観を捨てるのだ。どこかにあるはずだ、それを見つける。


 「……あ。」

 見つけた。


 急いで強度を計算する。茶室はそれほど大きな建物ではないし、生活する空間でもない。だったら。


 「片倉さん、計算あってるか見てもらえます?」

 美葉は手元の資料を片倉のパソコンにメールで送った。片倉はふん、と鼻を鳴らしてパソコンを見つめる。


 「大丈夫やな、強度計算は。でも、壁こんなに薄くして断熱は大丈夫なんか?京都の冬は冷えるで。」

 「床暖入れます。」

 「ふーん。」

 即答すると、片倉は興味無さげな反応を返した。


 建築物の壁は、結構厚みがある。柱の上に筋ガイをのせ、その上にさらに石膏ボードを被せ、さらに壁紙などで覆うからだ。だが、茶室と水屋との境目の壁をそれほど厳重に作る必要はないのかもしれない。建築強度さえ確保できれば、削ってよい厚さだ。筋ガイを入れず、薄い壁に仕立てればそれだけスペースを確保できる。


 「外壁、土壁にしたら薄くなるけどな。」

 ぼそっと、片倉が言う。はっと顔を上げる。


 「土壁ですか。今時作れる職人さんいますかね。」

 「田中さんに聞いてみたら?ゼンノーやったら一人くらいおるんちゃう?」


 ゼンノーは創業百六十年の木寿屋に寄り添うように続いてきた工務店だ。古い職人さんであれば、土壁工法も手掛けることができるかもしれない。伝統を重んじる駒子も、土壁を喜んでくれるだろう。


 「聞いてみます。」

 急いでメールを打つ。


 ――なんだろう、このわくわく感。


 家具があって、それを中心に空間が色づいていく。施工主の想いを形にするために試行錯誤を重ね、最良の方法を探していく。


 川沿いの細長い土地に立つ二階建ての住宅。幅広のフローリングに開口の大きな窓。切り取られる芝生と青空の風景。それを映すガラスのキュリオボード。空間を広くとった、座って作業できるキッチン。


 たった一度だけ、正人と仕事をしたことがある。まだ高校生の時の事だ。


 心臓に持病を抱え、発作を恐れて何もしなくなった妻をもう一度元気にしたいと願う夫。その為に自然豊かな場所に住まいを移すことになったというリフォーム案件だった。


 家庭菜園が見渡せる窓、趣味で収集した食器を飾るキュリオボード、夫と二人で調理ができるキッチン。正人と二人で作り上げた空間。

 自分の原点は、あの樋口宅なのだ。そこに帰っているような感覚。


 ずっと、こんな仕事がしたかった。

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