電話の向こう側

電話の向こう側-1

 「駒子さんが車いすで生活をされるのなら、お茶室はフローリングにしたらいかがかと思うんです。ウォルナットはフローリング材としてもすぐれていますが、家具も床も暗い色の木材では部屋が重たくなります。もしよかったら、こちらの朴ノ木はいかがかと思います。」


 朴ノ木はほんのりと緑かかった白で、肌触りが柔らかい。

 差し出した三十センチほどの板を駒子はそっと撫でた。


 「……なんか、ほっとする肌触りやね。」


 「そうでしょう。肌触りは柔らかいけど、木材としてはとても硬くて丈夫。殺菌力もあって清潔な場所の建材としても最適です。駒子さんみたいな木材ですよ。」

 「また、そんなお上手言うて。」

 駒子はつんと横を向いた。


 「建材を白にすると、ウォルナットの風格が引き立つかと思います。白のフローリングの中では、朴ノ木が和の空間に最もよく合います。ただ、木と人は相性があるので、触って良しと思うものをお使いいただきたいです。肌触りの良い木材に囲まれていると、元気になれると思いますよ。……よかったら、靴下を脱いで足の下に敷いてみてください。」


 「あら、そう。」


 駒子は左手でゆっくりと靴下を脱いだ。利き手ではないので時間がかかるようだ。しかし、あきらめることなく麻痺のある右足の靴下も脱いだ。美葉は裸足になった駒子のそばに朴ノ木のサンプルを二枚置いた。駒子はその上に左足を置き、右足は左手で持ち上げてサンプルの上に置いた。


 「……ええね。とてもええわ。余計な力が抜けるような肌触り。この木、私気に入りました。」

 駒子がうなづいた。美葉は心の中でガッツポーズをとった。


 朴ノ木は、きっと駒子を元気にしてくれる。確かな手ごたえを感じた。


 



 病院を出たところで、空腹を感じ腕時計を確認するとちょうど昼時だった。何か腹に収めようかと考え、涼真と食べたハンバーグ定食を思い出して食欲を失う。食べたときはおいしかったが、そのあとの顛末に記憶が上書きされてしまっている。


 「パンでも買って食べるかなー。」

 駅の構内に、パン屋があったことを思い出しながらつぶやく。


 鞄の中で、スマートフォンの着信音が鳴った。画面に、『公衆電話』と表示されている。


 今時、公衆電話?

 そう思ったが、通話ボタンを押した。


 「……美葉?」

 電話から、佳音の小さな声が聞こえた。


 「佳音!?」


 思わず、大きな声で問い返す。あの後、何度電話をしても電話に出ることはなく、メッセージに既読がつくこともなかったので、とても心配していたのだ。


 「なんで、公衆電話?」

 「……電話、壊しちゃって。でも、美葉の番号は覚えてたから。……電話、くれたでしょう?」


 佳音の声は小さく、聞き取るために電話を強く耳に押し当てる。


 「そう、そうなの。錬が生きてるのわかったって、聞いた?」


 あ、と電話の向こうで小さな声がした。しばらく沈黙した後、佳音は頼りない声で答えた。


 「聞いた、よ。」


 嬉しそうな感情が伝わってこないことに、違和感を感じる。


 「佳音、大丈夫?なんか、元気ないよ。」

 「そんなこと、ないよ。美葉は元気にしてるの?」


 幾分ハリを取り戻した声が問う。美葉は電話を耳に押し当てたままうなづいた。


 「元気だよ。早く一人前になって、正人さんと一緒に樹々で仕事するのを目標に、がんばってる。なかなか、先輩に認められないんだけどね。」

 「そう。元気そうでよかった。」


 明るい声の奥に、違和感を感じる。

 何だろう、胸がざわざわする。


 小さな佳音の息遣いに、美葉ははっとした。違和感の正体がわかった。


 身体から、血の気が引いていく。


 「佳音……。佳音は、元気なの?本当に、大丈夫……?」

 「大丈夫、元気だよ。」


 耳元に聞こえる声の近さと、体のある場所の距離に、歯がゆさを感じる。今すぐそばに行って、抱きしめたいのに。


 手を伸ばすような気持ちで、佳音に問いかける。


 「佳音、どうして泣いてるの?」

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