蘇った駒子-2

 「茶化さんといて。」

 「すいません。」

 首をすくめ、舌を出した。


 「でも、安心しました。駒子さんがお元気になられて。茶室もリフォームする気持ちになられて、本当に良かった。」

 BCAAを飲み終わった駒子は花柄のハンカチで口元をぬぐった。


 「本当はもう引退しようと思ったんやけどね、克子がもうひと頑張りしたらええでしょって、背中を押してくれたんよ。これからの高齢化社会、いつまでも正座にこだわらんと立礼りゅうれいをもっと広めるべきやと。


……私は、あんまり好きではないんやけど、確かに正座ができへんようになったからって引退する仲間が増えてきて寂しいなと思ってたとこやからね。一肌脱いでやろうと思ったんよ。」


 力強い言葉に、美葉は喜びを感じた。しかし、水を差すようだが確認しておかなければならない。


 「駒子さん、勉強不足ですいません。『りゅうれい』って何ですか?」


 駒子が、キッと美葉をにらんだ。


 「あんた、こんなに長く茶道をお勉強してきて立礼を知らんてどういうことなん。」


 「すいません。」

 体を小さく丸める。駒子は肩をすくめた。


 「椅子に座って行う茶道のことです。明治五年に博覧会で外国のお客様をおもてなしするために考え出されたものです。」

 「それは、とってもいいですね。もっと普及してほしいな。正座って辛いんですもん。」


 「なに言うてますの。あんたまだ若いのに。」


 ぴしゃりとたしなめられる。すいません、と謝りつつ、駒子と普段のやり取りができるようになったことに喜びを感じる。


 「私は立礼には、抵抗があったんやけど、克子が家具職人さんに車いす用の立礼卓りゅうれいじょくを注文してくれたんよ。」

 「りゅうれいじょく?」

 首をかしげると、またキッと睨まれる。


 「立礼のお点前をするための道具一式です。卓上でお湯を沸かせる炉がついてますの。」


 「なるほど。ということは、お客様も椅子に座っておもてなしを受けることになりますか?」

 「そういうことになりますね。それで、お客様用のテーブルとイスも、立礼卓と同じ職人さんに作ってもらうことにしたんよ。」

 「では、家具ありきのリフォームということになりますね。」

 「そういうことになるんやろうね。」

 駒子が頷く。


 家具ありきのリフォーム。樹々で正人と手がけた樋口家のリフォームを思い出し、懐かしさがこみ上げる。


 「木材は何を使うか決まっていますか?」

 「なんやったかな。」

 駒子は、しばらく首をひねっていたが、パンと両手を合わせた。


 「ウォルナットやったわ。濃い茶色の木やね。」

 「それは、高級感があって素敵ですね。」


 ウォルナットは木材の中でも特に上質だ。


ウォルナットの立礼卓と客用のテーブルや椅子が主役になる空間。車いすを使用するのなら、畳ではなくフローリングがいいだろう。では、ウォルナットで統一するか?いや、ダークな色が多すぎて重たい空間になってしまう。


 美葉は鞄の中のフローリングのサンプルに目をやった。その中の一枚を取り出す。

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