蘇った駒子
蘇った駒子-1
フローリングのサンプルが詰まったかばんは重たい。
駒子の入院する病院に続く坂道の途中で立ち止まり、美葉は流れる汗をぬぐった。
右半身に麻痺が残った駒子は、一度は茶室の建て替えを断念した。しかし昨日、正式に依頼があったと連絡が入ったのだ。
「少し元気を取り戻したらしいわ。美葉ちゃん、師匠を頼むね。」
涼真は名残惜しそうにそう言った。駒子が茶室のリフォームをする気になったら、一緒にやろうと下心見え見えの提案をしていたのだが、ちょうど商談のために中国へ出向くことになったのだ。涼真はこれまでもアジアの各国へ出かけている。どうやら本気でアジア圏内に商売を広げる計画を立てているらしい。
折に触れて口説かれたり、業務中に引っ張りまわされてはかなわないので、一人で茶室のリフォームをすることになり、安堵していた。
病室につくと、ベッドの掛布団がきちんと二つに折りたたまれた状態になっており、人の姿が見えない。どうしたのだろうと思っていると、駒子の声が自分を呼んだ。
病室の入り口から、杖を突いた駒子が現れる。白衣を着た若い男性が、杖を突いていない腕を脇から支えていた。
「駒子さん、リハビリでしたか。歩行訓練をされているんですね、すごい!」
ベッドに横たわる姿しか見ていなかったので、支えられながらでも歩く姿に感動を覚えた。駒子は以前よりも凛として、本来の姿を取り戻しつつあるように見える。
駒子がベッドに戻ると、白衣の男性はお疲れさまでした、といって立ち去ろうとする。
「すいません。」
美葉は慌てて声をかけ、胸ポケットから名刺入れを取り出した。
「駒子さんのリハビリを担当している療法士さんですよね。私、この度茶室のリフォームをすることになりました、木寿屋でスペースデザイナーをしております谷口美葉と申します。リフォームをするにあたり、駒子さんの身体状況をご確認させていただきたいので、いずれお時間をいただけますでしょうか。」
男性はぎょっとした様子だったが、丁寧に名刺を受け取った。
「理学療法士の小坂です。そういうことなら、作業療法士にも声をかけておきますので。すいません、今訓練中で名刺を持っていませんが、いつでもお声をかけてください。」
自分とさほど年が変わらないようだが、誠実そうな対応に好感を覚える。小坂は丁寧に頭を下げて病室を出て行った。
床頭台には品の良い一輪挿しが置かれており、そこに紫露草が活けられていた。細長い青磁色の一輪挿しは可憐でありながら風格があり、雑草の紫露草とは釣り合わない。駒子にしては珍しいと思いつつよく見ると、四つ葉であることが分かった。
「それね、いただいたんです。花瓶とは不釣り合いやろ?あいにく、これしかなくて仕方なく。せっかく四つ葉を見つけて持ってきてくれはったから、枯らしたら罰が当たるでしょ。」
駒子はそう言ってから、失礼、と断り紙パックの飲み物を口にした。
「駒子さん、それは?」
美葉が問うと、駒子は得意げに小さな紙パックを掲げて見せた。
「BCAAやて。プロテインの一種みたいやけど。リハビリで運動をした後すぐ、BCAAを飲むと筋肉の回復が早くなるらしいの。」
へえ、と美葉は感嘆の声を上げた。
「アスリートみたいですね、駒子さん。」
元気な様子の駒子を見て、安心して軽口をたたいてしまう。案の定、じろりと駒子ににらまれる。
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