見失ったもの-2

 そして、探るような眼を佳音に向けた。錬と目を合わすことができず、アスファルトの割れ目を凝視する。体が震えるのを、止めることができない。錬に悟られていないといいが。


 「泣かす?佳音を?」

 小野寺は乾いた笑い声を立てた。


 「御覧の通り、僕は佳音よりもずっと年上です。全面的に佳音を守ることができますよ。佳音がより良い人生を進めるように、僕は全力でサポートしています。ご安心を。」


 小野寺の指が、肩に食い込んでいる。

 帰ったらまた、叱られる。


 では失礼、と小野寺は言い、佳音の肩を押すように向きを変えて歩き出した。

 駐車場には、小野寺の愛車プレミオが駐車してある。


 促されるまま、助手席に乗る。


 「……つくづく失望した。こんなに男癖が悪いとは。」

 エンジンをかけながら小野寺が言う。もう、体の震えを抑えられない。


 「携帯電話を置いておけば、何をしてもばれないと思ったのかな?怪しいと思って、別にGPSを仕込んでおいてよかったよ。ここへ内緒で来たのは二度目だね。全て、ばれているんだよ。」

 佳音は両手で顔を覆った。


 何もかも、見透かされていた。身体の一番内側から、全身が凍っていくように感じる。


 「ばれなければいいという浅ましい考えは好きではない。徹底的に、ただせばならないね。」

 冷たい声でそう言い、エンジンをかけた。 





 背中や腹部の痛みは数日たっても消えなかった。引きずるように動くので、職場でも体調が悪いのかと疑われてしまう。今日は夜勤だから、迷惑をかけないようにしなければ。


 夜勤者用の駐車場に車を止める。


 雨が降っている。通用口まで走っていけば傘はいらないはずだが、走ることができるかどうか自信がない。鞄の中に傘を探すが、見当たらなかった。


 あきらめて車を降りる。速足の振動は体中に痛みを走らせた。

 少しの距離であるはずなのに、とてつもなく遠く感じる。肩で息をしながら早足で歩く。打ち付ける雨が冷たい。


 やっと職員玄関の庇の下にたどり着き、ほっと息をついた。


 「佳音さん。」


 声をかけられ、驚く。うつむいていたので、そこに人がいることに気づかなかった。顔を上げると、芽依が立っていた。庇の陰に染められているからなのか、青ざめているように見える。


 どうしたのと声をかける前に、芽依が冷たい手で佳音の腕をつかんだ。


 「ごめんなさい。錬さん、どこかに行ってしまった。気付かなくて、ごめんなさい。」

 うつむく芽依の頭を、茫然と見る。

 「錬が、いなくなった……?」

 芽依の後頭部が小さく揺れた。


 「昨日、バイトに行ったら、錬さんがいなくて。パートさんに聞いたら、突然長期の休みを取って、職人さんたちも困っているって。こんなことをしたら、戻ってくるのも難しいだろうねって。」


 芽依の声を聞きながら、足元がぐらぐらと揺れるのを感じる。


 錬がまた、姿を消した?


 言いようのない恐怖が、胸を襲う。


 連絡先もわからなくなってしまった。やっと見つけたのに、また見失った。

 自分のせいだ。やはり見つけた時に錬の両親に知らせるべきだった。自分のせいだ。


 

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