電話の向こう側-2

 問いかけた自分の声が頼りなく震えていた。早鐘のように打つ鼓動に息苦しさを感じながら、祈るような気持ちでスマートフォンを強く耳に押し当てる。

 電話の向こうで、佳音が息をのんだのが分かった。


 突然、ぷつりと電話が切れた。


 ツーツーと、無機質な音が繰り返される。

 「佳音?佳音?」

 通じないとわかっていながら、呼びかける。焦りを帯びた声は、湿った空気に散っていく。


 背筋に強い悪寒が走る。美葉はスマートフォンをぎゅっと握りしめた。それから、急いで通話ボタンを押した。何度かの呼び出し音の後、健太の少し間延びした声が聞こえる。


 「健太!」

 「……なんだよ、いきなり叫ぶな。」


 そう言われても、止められない。


 「佳音のとこ、行ってみて!佳音、おかしい。絶対におかしいの!」

 叫び続けていないと、不安で押しつぶされそうだ。


 「わかった。わかったから、落ち着け。何があった。」

 「佳音から、電話あった。泣いてたの。元気を装ってたけど。」

 「なんで泣いてんだ?」

 「分かんないから変だって言ってんでしょ!」


 意味が無いと分かっていながら、大声で捲し立てた。


 「……あー、もー。」


 一拍置いてから、健太ののんびりとした声が応じた。

 「美葉、わかったよ。わかった。……とりあえず、深呼吸しな。」


 ゆっくりとした口調で、健太が言う。何言ってんだと思いつつ、自分がやけに興奮していることにも気付く。


 「……ごめん。ちょっと取り乱した。」

 電話の向こうで、ははは、と健太が軽い笑い声をあげた。


 「佳音のとこには、行ってみる。どうしているか、俺も心配だからさ。でもさ、お前も大丈夫か?」

 「何が?」

 「この間も思ったけど、キーキーしてるぜ、お前。正人に会う前のキーキーしてた頃に、戻ってるぞ。」


 健太の言葉は、胸をグサリと突いた。思い当たる節がたくさんあり、言葉を返せない。

 「お前さ、一回走り出したら休めなくなるだろ。でも、走り続けるのなんか、無理だからな。ちゃんと休めよ。」

 「分かってるよ。」

 言い当てられて悔しい気持ちと、わかってくれる人がいる嬉しさが複雑にまじりあう。


 「たまに帰って来いよな。」

 「帰りたいんだけどさ……。」


 思わず、ため息をつく。社長の策略で実家に帰れなくなっているこの事態を電話口で説明するのは難しい。


 「……正人さんは、元気にしてる?」

 愚痴をこぼす代わりに、問いかけた。


 「あー。」


 電話口で、健太は声を出し、しばらく黙った。

 「あいつはあいつで、ちょっと大変そう。連絡とってないのかい?」

 「LINEの返信が来ないんだもん。」

 「俺も最近ちゃんと会ってないんだ。それも含めて、帰って来いよ。」

 「お正月には、帰るよ。何が何でも帰る。」


 ぐっと拳を握った。電話の向こうで、大げさだな、と健太が笑った。

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