繋がっているはずの糸-3

 思わず叫んでしまう。


 「声、でかいわ。……口止めされてんだ、それも。別に、不倫とかそんなんじゃ無いらしいんだけど。」


 「なんで!?」

 何故佳音が自分に彼氏が出来たことを秘密にする必要があるのだろうか。佳音は一番の親友なのに。


 「わかんね。佳音には佳音の事情があるんだよ、きっと。だから、俺から聞いたって言うなよ。」

 健太の声が、心底困っている様子だったので責め立てそうになるのをぐっと堪える。健太が悪いわけでは無いので、これ以上詰め寄っても仕方が無いのだと自分に言い聞かせる。


 「わかった。知らない体で連絡してみる。」

 そういって電話を切ったものの、言いようのない不安が胸に押し寄せてくる。


 錬が生きていたと言うことは、自ら望んで姿を消したと言うことになるのだろうか。


 錬が身を隠さなければならない事態になっていたことに、気付けなかった。後悔の念が胸を締め付け、思わず唇を噛んだ。


 故郷を出るとき、『本州組』の自分と佳音と錬は、お互い何かあったら助け合おうと約束していたし、三ヶ月に一度は中間地点である名古屋の佳音のアパートに集まって近況を報告し合っていた。それなのに、錬の変化に気付くことが出来なかった。


 佳音も、最近おかしい気がする。いくら忙しいにしても、返信がないと言うことは今まで無かった。それに、彼氏ができたら真っ先に自分に知らせてくれるはずだ。


 胸のモヤモヤを押し出すように、通話ボタンを押す。


 耳に、軽いメロディーが聞こえる。


 メロディーは、流れ続ける。途切れて、佳音の鼻にかかる甘い声に変わることは無かった。


 美葉は諦めてボタンを押した。しばらく、スマートフォンをみる。

 その画面に、正人のアイコンが無いことに気付いた。


 正人にも、しばらく連絡していなかった。


 画面をスクロールすると、すぐに正人のアイコンが見つかる。クリックし、過去のやり取りを眺める。しばらく前まではメッセージのやり取りが出来ていたが、なかなか既読が付かない状態になった。既読が付くのは深夜であることが増えた。生活リズムが崩れているのでは無いかと心配する自分のメッセージに、正人は返信しなくなってしまった。


 正人のことも、心配だ。


 離れていても皆とつなげてくれているはずのこの長方形。そこから伸びる複数の糸は実はとても頼りなく、知らないうちにちぎれてしまっているのかも知れない。


 「明日また、電話しよう。今日は、夜勤かも知れないし。」

 ざわつく胸を落ち着かせるために、声に出して呟く。


 仕事をしなければならない。明日までに終わらせておきたいことが、勤務中に出来なかった。涼真に付き合って駒子の見舞いに行ったせいだ。


 『超そそる。』


 不意に、顎に涼真の手の感触が蘇り、体中が熱くなる。


 これは立派なハラスメントだろう。そう思いながらも、涼真の行為を受け入れてしまっている自分が、どこかにいる。女性の心を掴む仕草を涼真は心得ている。伊達に浮名を流してきたわけでは無い。男性経験の乏しい自分など、涼真が本気で口説けば難なく落とされてしまうのでは無いか。連絡の取れない正人を諦めて、情熱的に口説いてくれる相手に心が傾いてしまうのではないか。


 正人に会いたい。


 突然、言いようのない寂しさに襲われる。自分の心がぐらぐらと揺れ、頼りない状態になっていることに気付く。


 自分と正人を繋ぐ糸は太くて絶対にちぎれないはず。


 そう思い直すが、細く頼りない糸がいつの間にかプツンと切れて風に靡いている姿が浮かんで、泣きそうになる。


 「仕事、しなくちゃ。」


 言い聞かせるように声を出し、邪念を払うために頭を横に大きく振る。


 今するべき事に集中する。


 美葉は自分の頬をパンと両手で叩いた。

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