毒親

毒親-1

 その知らせは、姉、瑠璃から届いた。


 「仕事しながら認知症のばあちゃんをみるのは大変だって、あんた専門家だから分かってるでしょ。どうして実家に帰って手助けしないのよ。私だって小さい子つれて手伝いに行ってるんだよ。」


 瑠璃はいつも自分勝手だと思いながら、反論せずに聞いている。瑠璃は高校を卒業してすぐに妊娠し、札幌に住む会社員と結婚した。

 丁度、父親が愛人を作って家を出た頃だ。勝手な事をしておきながら、農業を手伝う為に家に出入りする。その環境が心底嫌で、家を出るために強行手段に出たのだと思う。


 今は十歳の子を先頭に三人の子供の母になっている。一番下の子は一昨年産まれたばかりだ。まだ手がかかるだろうに、保育園に預けてパートもしている。その瑠璃に責められるのは仕方が無いとも思う。


 背中に、こつこつとテーブルを叩く音が聞こえる。


 小野寺がいらだっている。こつこつと言う音は、針となって背中を刺す。刺された背中がびりびりとしびれる。


 節子が、大腿骨を骨折した。自分がもっと実家に帰って節子のことをみていたらと思う。波子一人では大変だと地域の皆が支えてくれているのに、身内の自分は何一つしない。それを責められるのは仕方が無い。


 節子はこの入院を機に、更に認知症の症状が進み、身体も衰えるだろう。


 自分が看護師として未熟で、小野寺に実家に帰る許しをもらえないから、こうなった。


 瑠璃に、ひたすら謝り、電話を切った。


 小野寺の、大きなため息が聞こえる。そのため息は、黒い塊となって落ち、じわじわと絨毯の上を這い、足元を掬おうとしているようだ。恐ろしくて振り返ることが出来ない。


 しばらく、沈黙が流れる。恐らく、自分から何らかの報告をするのを小野寺は待っている。しかし、喉の奥が張り付くように閉じてしまい、声が出ない。


 小野寺がもう一度ため息をついた。


 「……誰からの、どんな用事の電話か教えてくれないのかい?」


 ゆっくりとした口調。優しい声だ。しかし、その後ろに怒りが隠れていることを知っている。


 「す、すいません……。」

 震える声を何とか押し出す。小野寺は三度目のため息をついた。


 「謝れと言っているのではないんだよ。誰から何の要件でかかってきた電話なのか、教えることが出来ないのかな?」

 佳音は慌てて首を横に振った。


 「あ、姉からです。実家の祖母が、大腿骨骨折で入院したことを、教えてくれる電話でした。」

 早口で答えると、小野寺はほう、と声を出した。


 「それは、大変だね。おばあさんはきっと、寝たきりになってしまうだろうね。残念だが、動けない方が介護が楽になるかも知れないね。で、何故そんな電話で君が平謝りする必要がある?」


 小野寺の言葉の残酷さが、耳と心をすり抜けていく。穏やかな言葉の裏にある怒りが表に出ないように、言葉を慎重に選ばなければ。その事に集中する。


 「あ、姉は、子育て中で忙しいので、もう少し自分に実家の手伝いをしろと、言ってきたので……。わ、私はまだ、仕事を覚えることに専念しなければならないので、謝ることしか出来なくて……。」


 小野寺が立ち上がった。自分のすぐ後ろに立つ。反射的に、身を堅くする。

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