繋がっているはずの糸-2

 健太の言葉を理解するのに時間がかかってしまう。言葉は聞こえているが、パズルを組み立てるように意味が遅れて繋がっていく。


 「錬が生きてるの、分かったんだよ、美葉!」

 「なん、で?」

 まだ言葉の意味が飲み込めぬまま、何とか、言葉を押し出す。


 「錬の仕送り用の口座に、千円の入金が何件かあったんだ。それが、北洋銀行の石山支店、北郷支店、手宮支店、留萌支店。悠兄が何かメッセージがあるって気付いてさ。頭文字つなげたら『生きてる』になるべ?」


 「なるね。わざわざ留萌まで行ってるしね。」


 「だべ?だべ?……で、錬の親父とお袋さんが全部の支店で防犯カメラ見せて貰ったら、ちゃんと錬本人が映ってたんだよ!」


 「……!」

 口を手で覆う。


 錬が生きていた。その姿を確認した。

 涙が溢れて、何気なく見つめていたパソコンのデスクトップの風景写真が滲んでいく。


ある日突然姿を消してから、もう五年が経つ。置き手紙があり、仕送りの貯金に手が付けられていないので家出だと認定されて警察は動いてくれなかった。

 

 錬が何かに悩み、苦しんでいたことに思い当たる節が無かった。直前に会った時も、いつもと変わらない錬だった。


 錬が、皆に心配を掛けると分かっていて、姿を消すわけが無い。


 と言うことは、何らかの事件に巻き込まれたのでは無いだろうか。


 その事に誰も言及しなかったが、誰しもの胸に大きな不安の塊としてあったはずだ。


『錬がもう、この世にいないかも知れない』


その不安は常に心の広い部分を占めていて、仲間で集まりどんなに楽しく過ごしても、皆心から笑うことが出来なくなっていた。


 「よかった……。」

 熱を帯びた息と共に、言葉を吐き出す。目頭がつんと熱くなる。


 「な、良かったよな。」

 健太の声にも、涙がにじむ。


 「札幌に帰ってきてるのかな。留萌か小樽かもしれないけど。」

 ボックスティッシュから一枚引き抜いて、涙を拭いた。


 「札幌だろうな。留萌や小樽にいるなら、他の支店を札幌市内から選択しないだろうってのが悠兄の推理。」

 「確かにね。でも、石山と北郷って、またえらい離れてるよね。」


 同じ札幌市内でも、南区の石山と白石区の北郷は、17㎞以上離れている。


 「多分、自分の住んでいるところからはわざと離れたところを選ぶはずだって、これも悠兄の推理。で、もしかしたら手稲区かもなって。」


 「だよね。」

 自分もそう感じていたので、美葉は大きく頷いた。


 「『て』が付く場所、札幌にいるなら『手稲』一択なはず。それを敢えて小樽市の手宮にしたのは、手稲を避けるために違いないって。」


 札幌市の中で、北洋銀行の支店がある「て」が付く地名は「手稲」しかない。


 「佳音が今住んでいるのも手稲区だよね。佳音はもう、知ってるの?」

 「……どうかなぁ。波子さんから連絡行ってるかなぁ。」


 急に、健太の言葉が不明瞭になる。その口調に疑問が湧き起こる。知らず知らず、きつい言い回しになってしまった。


 「なんで直接連絡しないの?節子ばあちゃんのことで波子さん忙しいだろうし。健太は現場にいたんでしょ?」

 「んー。」

 健太の声が一瞬詰まる。


 「……美葉から、連絡してくんない?佳音から、連絡しないでくれって言われてるんだ。なんか、彼氏が凄い焼き餅焼きらしくて。男から連絡があると機嫌悪くするんだってさ。」

 健太の言葉に耳を疑う。


 「彼氏!?私聞いてないんだけど!」

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