繋がっているはずの糸

繋がっているはずの糸-1

 午後はずっと胃が重く、帰宅すると同時に急激な嘔気に襲われた。


 トイレに駆け込んで嘔吐した。昼食に食べたものは、ほとんど消化されていなかった。


 急に沢山食べ過ぎたかな。

 口をゆすぎながら考える。


 最近固形物をあまり食べていない。栄養補給のゼリーは手っ取り早く腹を満たせるから、重宝していた。でも、流石にそればかりではいけないんだと、すっきりと軽くなった胃をさすりながら反省する。


 部屋着に着替え、仕事の続きに取りかかるためにパソコンを開けたとき、電話が鳴った。


 健太からだ。


 めずらしい、と思いながら通話ボタンを押すと、健太の声が飛び込んできた。

 「久しぶりだな!美葉!」

 相変わらず、テンションが高い。その声はなんだか焦っているように聞こえた。


 「良いニュースと、悪いニュースがあんだけどさ、とりあえず悪い方から言うわ。」

 こちらが声を発する前に一方的に話し出す。


 「先に悪い方?」

 返した言葉に、健太の声が被さる。


 「節子ばあちゃんが入院になったんだ。」

 「ええ!?何で!?」

 思わず立ち上がった。もしそこに健太がいたら、胸ぐらを掴んでいたかも知れない。


 「転んで骨折したんだ。大腿……骨だっけ?太ももの骨。」


 大腿骨骨折。


 お年寄りが転んで骨を折り、そのまま寝たきりになることがあると、聞いたことがあった。


 「ばあちゃん……。」

思わず呟く。


 自分が最後にあったときには、節子は何度も同じ事を言うようになっていた。心の拠り所だった節子の変化に愕然とした。しかし、波子も香音も「それは年を取れば自然に訪れること」とおおらかに受け入れていた。


 最近はもっと認知症の症状が進んで、身体も小さくなったらしいのだが、自分はその姿を知らない。


 「俺も、その場にいたんだ。知らないうちにトラクターに乗ってて、そこから落っこちた。」

 「ばあちゃんから、目を離したんだね。」


 健太の声に後悔が滲んでいるのに、責めるようなことを言ってしまう。

 「ごめん。」

 健太の声が、胸にいたい。


 「……ごめん、つい。皆、仕事しながらばあちゃんを見守ってて、大変だったんだもんね。私、何も力になれなくて。」


 帰りたくても、帰れなかった。その間に進んでいった時間の中で、衰えていった節子のことを思う。


節子は自分にとってかけがえのない存在だ。母を亡くしてからは、進むべき道に迷ったときに助言を求めた。節子はいつも自分を温かく受け入れ、迷いを晴らすような言葉をくれた。


 今すぐにでも会いたいという想いが胸にこみ上げてくる。


 「いや、波子さんも、俺らも、みんな節子ばあちゃんと一緒にいたいから当然のことをしてるだけなんだ。でも、ちょっと考えが甘かったかも知れない。忙しい時間は、デイサービスに行って貰うとか、介護サービスに頼れば良かったって波子さんが悔やんでた。」

 「そうか……。」


 介護サービスのことはよく分からないが、看護師の佳音だったら、何か助言が出来たのでは無いかと思う。佳音は忙しいのか、LINEを送っても既読が付くだけで返信が無い。


 「……気を取り直してさ、良いニュースの方なんだけど。」

 電話の向こうで、健太が大きく息を吸ったのが分かった。


 「錬が生きてる!」

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