涼真の企み-4

 美葉は背筋を伸ばして「それはどうも。」と頭を下げた。


 「うちのスペースデザイン事業部は素晴しい空間作りが出来る。折角やったら京都くんだりで満足せんと、もっと広い場所で事業展開しようと思うねん。」


 「……これ以上、忙しくするつもりですか?」


 上目遣いに睨む。涼真はへへ、と舌を出した。


 「人財は増やします。だって、美葉ちゃんには海外規模で働いて貰うつもりやねんもん。」


 「はあ?」


 思わず、間抜けな声で叫んでしまった。隣の席の若い男性がこちらを振り返る。美葉は首を小さく縮めた。


 「国産の木材の輸出が増えてるっていうたやろ?」

 「……言いましたね。」

 憮然として言葉を返す。


 「ただ木を売りつけるだけやったらおもろないやろ?」

 「……。」


 嫌な予感がした。


 「素敵な空間と一緒に買うてもろうた方が、楽しいやん。」

 「……楽しいとか、おもろいとか、そんなんはいいですよ。」


 知らず知らずに唇が尖る。涼真はクスクスと笑った。


 「そんな可愛い顔せんと。僕には、生き生きと海外の人とやり取りしてる九条美葉さんの姿が見えるんやけど。」


 美葉は眉間に皺を寄せた。急に腹が立ってきた。去年突然海外にホームステイをしないかという話を持ちかけられた事を思い出す。


 「だからホームステイを勧めて、英語を覚えさせようとしたんですか?」

 「美葉ちゃん、英語しゃべれたら格好いいのになーって、言うてたやん。」


 確かに言ったけど、それほど本気でも無かった。でも、会社が費用を負担するからと言ってくれたので軽い気持ちで行ってみることにした。マレーシアという土地柄も、興味を引いた。


 はっと美葉は涼真を見た。


 「すでに、ホームステイ先が仕事の繋がりのある人だとか。」

 涼真はにっこり笑って人差し指を立てた。


 「その通り!現地でお友達になった建築業界のホープ。美葉ちゃんのこと、とっても気に入ってはったよ。」

 「……なんでマレーシアなんだろうって、思ってました。何か裏があると疑うべきだった。」


 睨み付ける美葉に、涼真は涼しい顔を向ける。


 「マレーシアはこれからどんどん発展していく国やで。それに、多国籍国家やから、国際感覚を身につけるんにもってこいの場所。いきなりネイティブな国に行くより、アジア圏でまず英語に親しんだ方が無理なく英語を習得できるって、これが今の語学留学のトレンド。」

 「アジア圏で云々のくだりしか、聞いて無いっす。」


 ふてくされて頬を膨らませると、涼真が身体をくの字に折って笑い出す。


 「もう、美葉ちゃん、可愛すぎ。」


 「社長!」

 美葉はばんとテーブルを叩いた。また、隣の席の男性から注視されるが、知ったことでは無い。


 「もう、金輪際下心で物事を進めるのはやめてくださいね。私、心に決めた人がいるので、社長のお気持ちに応えることは出来ませんから。」


 強い口調できっぱりと言い放ったにもかかわらず、涼真は、笑い続けていた。


 しばらく笑った後、やっと顔を上げて笑いを含んだ声で言う。


 「難攻不落やなぁ。」

 「ええ。」 

 ふん、と美葉はそっぽを向いた。その顎先を涼真がくい、と掴み自分の方に向けた。


 「ほんまに、超そそる……。」

 そう言って、不敵にほほえんだ。


肉食獣のような眼差しで、瞳の奥を覗き込んでくる。見えないもので束縛されたように身体が動かなくなる。視線を動かすことすら出来ない。

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