生存報告だけは-2

 佳音かのんは口角を上げ、出来るだけ張りのある声でれんに言った。


 「良いこと、思いついたの。」


 「良いこと?」

 首をかしげる錬に向かって、人差し指を立てる。


 「居場所を教えずに、おじさんとおばさんに錬が無事だと知らせる方法。」


 さっと、錬の顔が曇る。拒否反応を示すだろうと言うことは分かっていた。でも、これだけは譲れない。


 「私は、おじさんとおばさんが心配している姿を直に見てるの。だから、少しでも早く安心して欲しい。でも、錬には自分で踏ん切りを付けて皆の前に現れて欲しい。だから、元気でいる事だけ、伝える方法は無いかって、一生懸命考えたんだよ。」


 ふてくされたようにそっぽを向いて、錬は足元の小石を蹴った。


 「……どんなことだよ。」

 憮然とした声で言う。


 どうか、心を閉ざしませんように。


 そう願いつつ、努めて明るい声で続ける。

 「仕送り用の銀行のカードは、まだ持っているんでしょ?」


 錬は、小さく頷いた。そこには、今でも毎月入学時と同じ額の振り込みがあるはずだ。そして、通帳は両親が持っている。


 「その口座に、定期的に少額入金するの。引き出すのは本人では無い可能性があるけど、入金は本人しかしないはず。それも、千円とか、そんなくらいの額。本人からの何かメッセージがあると、気付いてもらえると思わない?」


 「……入金した場所って、知られるんだろ。北海道にいるのは、確実にバレんじゃん。」


 「それくらい、我慢しなさい。」


 あーあ、と錬は大げさなため息をついた。困った顔で天を見上げる。それから、観念したように頷いた。


 「分かったよ。分かった。その代わり、飯、おごれよ。」

 頷きかけて、浮き立つ心に急激にブレーキがかかる。


 だめだ。


 二人で会うのは駄目だ。芽依にも約束したし、小野寺に叱られる。


 佳音は、うつむいて首を横に振った。


 「――ごめん。夜勤が多くて、疲れてるんだ。」

 そう呟くと、言葉が身体に急激に疲れを連れてきた。


 帰らないと行けない。


 帰って眠って疲れを取って、明日に備える。明日は、一日小野寺から与えられた課題をこなさなければならない。


 鼓動が早くなり、指先が冷たくなっていく。


 鈍い痛みを感じる頭に、錬がぽん、と手を置いた。


 「……だよな。分かった。佳音の言うとおりにするから、安心して。」

 見上げた錬は、笑っている。


 昔と変わらない笑顔だ。


 当たり前にあったその笑顔が、懐かしくて、遠いものに感じる。錬はまっすぐに自分の夢を追いかけている。自分は、いつまでたっても駄目な人間なのに。


 「夜勤大変だろうけど、仕事、頑張って。」


 錬の手が、頭から離れた。錬に向かって笑って見せたが、歪んでいて醜いものだろうと思った。

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