向日葵の恋を邪魔せぬように-2
佳音はできるだけ明るい笑顔を向ける。
「その人の名前、錬って言うでしょう?」
佳音の問いかけに、芽依はえ、と小さく呟き大きく瞳を見開いた。
「この前芽依ちゃんに会った後、芽依ちゃんの好きな人ってどんな人なのか気になって、お店に行ってみたの。そしたら、幼なじみを発見したんだ。話がしたくて、店の裏で待ってたら、夜勤明けの疲れで眠っちゃってね。」
おどけるように、自分の頭をさすってみせる。
「まさか、錬がパン屋さんで働いてるとは思わなかったなー。」
芽依の瞳には、戸惑いや、疑惑や安堵が混ざって揺れている。
常に自分に向けられていた無防備な信頼を裏切ってしまった。
芽依にこんな悲しい気持ちをさせてしまったことが申し訳ない。だから、全てを正直に話そうと思った。
佳音はふうっと息を吐いた。
「芽依ちゃん、これはね、秘密にして欲しいことなんだけど。」
佳音が言葉を区切ると、芽依は小さく首を傾けた。
「錬はね、五年間行方不明になっていたの。ご両親は、凄く心配してる。私も、心配してたの。錬とは、物心がつく前から、高校卒業までずっと一緒に過ごした仲間だったから。
だから、会えて本当に良かった。
でも、今強引に故郷に連れて帰るようなことをしたら、またいなくなってしまうかも知れない。だから、待つことにしたの。錬が自分から、ご両親に連絡を取るのを。……ねぇ、芽依ちゃん。お願いがあるんだ。」
芽依は、黙って佳音を見た。全ての感情が、驚きで覆われているようだ。こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない。でも、芽依に頼る方がきっと良いのだろうと思う。
「錬に何かおかしいことがあったら、教えてね。私、二人で会うようなことはもうしないから。芽依ちゃんみたいに明るい子がそばにいたら、錬もきっと寂しさが和らぐと思うんだ。芽依ちゃんの気持ちが錬に届くように応援してるから、頑張ってね。」
芽依はやっと、小さな笑顔を見せた。
「二人は、本当にただの幼なじみ……?」
探るように問う芽依に、佳音は大きく頷いた。錬が昔自分の事を好きだったと言うことは、今は伏せておく。もう充分、驚くことがあったはずだから。
やっと、芽依の表情に安心感が戻ってきた。壁が無くなって、いつものように人懐っこく身を寄せる。
「分かった。私、頑張るね。錬さんが明るくなったのは佳音さんに会って安心したからなんだね。私、もっと錬さんの寂しさが和らぐように、沢山話しかけてみる。気持ちが伝わることを願って。」
佳音は、芽依の決意を笑顔で受け止めた。
向日葵のような芽依がそばにいたら、錬の心もきっと明るくなる。
自分の事が好きだと言っていたのは、もう昔の話だ。錬の視野が狭かっただけ。錬は沢山の人に出会い、もっともっと魅力的な人がいることにもうすでに気付いているはず。
佳音は何度も振り返って手を振る芽依を見送りながら、そう思う。半ば、自分に言い聞かせるように。
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