なんか変だ
向日葵の恋を邪魔せぬように
向日葵の恋を邪魔せぬように-1
通用口の庇の下で、つばの広い帽子を被った
今日は、診察日では無いはずだ。
佳音はそう思いながら自分も芽依に駆け寄った。
「どうしたの?」
声をかける間もなく、芽依の方から佳音の腕を掴んできた。慌てていたのか、アームカバーを付けるのを忘れてきたようだ。白い指先が、佳音の腕に食い込んでくる。
「佳音さん、大変……。」
その顔が、泣きそうに歪む。佳音は芽依の手にそっと自分の手を重ねた。
「何があったの?」
顔をのぞき込みながら尋ねる。芽依は潤んだ瞳ですがるように佳音を見た。
「もしかしたら、彼に彼女が出来たかも知れないの。」
「え!?」
――錬に、彼女?
自分の耳を疑った。ゴツゴツした手で強く握られたように、ぎゅっと心臓が痛む。背筋をざわりとしたものが走る。聞き間違いであればいいと願うが、芽依の揺れる瞳がそうでは無いと告げる。
「どういう、事なの?」
動揺を悟られないように、平静を装いながら問いかける。芽依はうつむいた。帽子の陰に芽依の顔が隠れる。
「この間、彼を尋ねて女の人が来たって、パートの人が話していたの。その人、彼のこと、ずっと店の裏で待っていて、彼と長い間話をしていたらしいの。
その日は、珍しく早番が終わると残らず帰ったんだって。
その日を境に、彼、なんだか明るくなったんだ。パートさんに彼女が出来たんでしょってからかわれても、照れるだけで否定しないの。確かに、最近なんだか柔らかい雰囲気になったんだよね。……恋、してるのかな。」
緊張が、一気にほどけた。その女性は、間違いなく自分だ。
錬が、自分に会った日を境に明るくなった。
錬が周囲への警戒心を和らげる事が出来たのはうれしい。孤独という恐怖を感じながら生きていくのは辛いと思うから。しかし、芽依にはどうやって伝えたら良いだろう。
佳音は、芽依の帽子のつばを見つめた。黒い帽子から、尖った白い顎だけが見える。ステロイド剤を飲んでいなければ、ひとまわり小さな顔でもっと綺麗に見えるだろうに。
チクリと佳音の心が痛む。
まっすぐな芽依の恋心に、自分のせいで暗い影を落としたくは無い。芽依に隠し事をするのも嫌だ。
佳音は芽依の手に重ねていた自分の手に力を込めた。
「ごめん、芽依ちゃん。それ、私だわ。」
努めて明るくそう告げた。
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