包容力の裏側-2

 看護学校に通い始めて、気が付いたことがある。


 自分には、友達の作り方が分からない。


 小学校時代は、赤ちゃんの頃から知っている4人の同級生と当たり前のように一緒に過ごしていた。


田舎の小さな小学校は、同級生は自分を含めて五人しかいない。仲良くするしか、選択肢は無かった。


中学に上がり、この窮屈な友人関係から脱出して新しい友達を作ろうと思っていたが、すぐにいじめにあった。幼なじみが、自分を守ってくれた。それからずっと、一緒に過ごした。他の同級生達と話はするが、友達と呼べるほど親しくなったことが無い。


 だから、友達になるためにどうやって声を掛けたら良いのか、関係を深めていったら良いのか、分からない。


 他の子達がグループを作り、学生生活を楽しそうに送っているなかで、自分は孤立してしまった。


 看護学校は、補欠入学だった。自分は皆よりも頭が悪い。物覚えも悪いし、実技もうまく出来ない。太っているせいもあって、動きが遅くて鈍臭い。教員からも、叱られることが多かった。


 看護師になって、自立した女になるのが夢だった。

 でも、看護師としてやっていけるのかどうか自信が持てない。


 結局、卒業と共に北海道に戻ってきた。物忘れが酷くなってきた祖母の世話をしたいと言う気持ちがあり、実家に通いやすい場所に就職を決めた。


 看護師として働き始めても、自分はやはり駄目だった。


 手際が悪い。物覚えが悪い。判断が遅い。ミスが多い。


 先輩達から怒られてばかりだ。


 重大なミスを犯す前に、辞めた方が良いんじゃ無い?


 新人教育の担当者であるプリセクターに何度か言われたことがある。


 落ち込む佳音に、看護師長の小野寺は優しくしてくれた。


 「最初は、誰でも新人なんだよ。確かに君は手際が悪くて判断が遅く、ミスも多い。私の言うとおりにやってごらん。そうすれば、大丈夫だから。」

 そう言って、業務時間外に指導をしてくれた。


 そんなある日、本当に重大なミスを犯してしまった。皆でテレビの収録番組を見た次の日だった。お酒を飲んだので実家に泊まり、朝早く起きて仕事に行った。遅くまで騒いでいたので寝不足で、頭がぼんやりとしていた。


 インスリンを混注した点滴を、誤って違う患者さんに投与してしまった。小野寺がすぐに気付いてくれたので大事には至らなかったが、発見が遅れたら低血糖を起こし命に関わっていたかも知れなかった。


 「私が見捨てない限り、大丈夫だ。ミスは私が見付けてあげるから。そして、一人前になるようにしっかりと君を育ててあげるよ。だから、もう少し頑張ってみなさい。」


 看護師を辞めようかと思い、小野寺に相談すると、そう諭された。看護師長である小野寺が直々にプリセクターになってくれることになった。


 その日から小野寺との距離は急速に近くなった。随分昔に離婚をして独り身だった小野寺と、付き合い始めたのも自然な成り行きだったと思う。


 全身が痛い。


 こんなに痛いのに、尿意はやってくる。這うようにしてトイレに行き、なんとか下着を下ろすと血で汚れていた。ポタリ、と白い便器に深紅の滴が落ちる。


 自分がいけないから、こうなった。


 ちゃんと、時間の管理が出来なかったからだ。


 しっかりしなければ、小野寺に見捨てられてしまう。

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