包容力の裏側

包容力の裏側-1

 マンションのドアノブに手をかけた。その手が小さく震えている。力を入れる前にドアが開いた。


 「佳音、お帰り。」


 青いドアが開き、昼光色の光の中で小野寺が柔らかい笑みを浮かべて出迎える。包容力を感じる、優しい微笑みだ。四十になったばかりの、その目の横に小じわが浮ぶ。


 「た、ただいま……。」


 佳音の鼓動が、早鐘のように鳴る。喉の奥が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。


 「今日は、師長さん達の会議では無かったのですか?」


 佳音の言葉に、小野寺は「ああ」と頷いて時計を見上げた。

 「もう、とっくの昔に終わったよ。……今、何時だか分かっているのかな?」


 時計を見上げて、はっとする。九時を過ぎていた。こんなに長く、錬と過ごしていたとは。


 「珍しいねぇ。夜勤明けに出かけるなんて。……どこに、行っていたのかな?」

 「と、友達と食事を……。」


 ショルダーバッグを下ろす手が、ガタガタと震える。小野寺が、片方の眉を上げた。


 「友達?君に一緒に食事をするような友達なんていたのかな。」


 手の力が抜け、ショルダーバッグが地面に落ちた。


 テーブルの上に、今朝買ったパンの紙袋が置いてある。その紙袋は、足で踏み潰されたようにへしゃげていた。手だけでは無く、全身が震え、頭が真っ白になった。


 「珍しいパン屋さんの袋があったね。寄り道をしたんだね、言いつけを守らず。」


 小野寺の手が、佳音の顎を掴んだ。


 「誰と、何をしていた?」

 低い声が問いかける。


 「お、幼なじみにパン屋さんで偶然会って……。ほ、本当に、食事をしてただけで……、懐かしくて、話し込んでしまい……。」


 すいませんでした。


 そう言おうとしたが、出来なかった。


 鳩尾に、小野寺の拳が入ったからだ。


 一瞬、息が止まる。苦しくなって、身体をくの字に折り曲げた。その背中を蹴りつけられ、テーブルに倒れ込む。髪を掴まれ、倒れた身体が引き起こされた。


 「顔は、ぶつけなかったかい?女の子の顔は、傷つけてはいけないからね。」


 小野寺の顔には、笑みが浮んでいた。だがその顔は一瞬で見えなくなる。身体を絨毯の上にたたきつけられた。間髪入れず、脇腹を蹴られる。


 「夜勤の後は、まっすぐ帰って身体を休めなさいと行ったはずだ。」


 身体に繰り返し与えられる衝撃の合間に、小野寺の言葉が聞こえる。


 「夜勤の翌日の休みは勉強に充てなさい。そのための休養だ。そんなことも守れず、遊び歩くなどもってのほかだ。だから、お前はいつまでたっても一人前になれない。夜勤も満足に出来ない。


手際が悪い。判断が遅い。ケアレスミスが多い。


看護師としては致命的だ。」


 小野寺が膝を突き、髪を掴み、顔を近づけてきた。


 「私の言うとおりにしないと、重大なミスを犯すぞ。」


 背筋が、凍り付いた。


 この人の言うとおりにしなければ、命に関わるようなミスをしてしまう。


 見捨てられてはいけない。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


 うわごとのように、呟く。小野寺は満足そうに微笑んだ。そして、優しく髪をなでる。

 「分かれば良いんだよ。素直なところが、佳音の良いところだ。」


 許してもらえた。


 安堵で、全身の力が抜ける。


 だが、次の瞬間なでていたはずの手がもう一度髪を掴み、頭をガクガクと揺らした。


 「しかし、今日の行為はあまりにも酷い。いつもよりも強いお仕置きをしなければならない。悪いことをしたことを痛みで自覚しなければね、頭の悪い君には理解が出来ないだろう。」


 小野寺の手がスカートの中に入り、乱暴に下着を引きずり下ろした。

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