大きな失敗と大きな決断
あるはずの無い隙間
あるはずの無い隙間-1
正人は、寝不足で回らない頭を必死に動かしていた。
保志の手がけるリフォーム物件で木製キッチンの注文を受けていた。そのキッチンを現場で組み立てていく。
通常は、組み立てた状態のキッチンを現場に持っていき設置する。しかし、間口が狭くてキッチンが入らなかったり、踊り場のある階段で向きを変えられなかったりした場合、一度組み立てたキッチンをばらし、パーツを現地で組み立てる。
そんなことは、よくあることだった。
この物件は二世帯住宅だった。二階までキッチンの状態で運べないので、パーツを現場で組み立てることになっていた。一度組上げているので、戸惑うことは何も無い。頭が多少ぼんやりしていても、無意識に手が動いていく。
ドアが開き、保志が入ってくる足音が聞こえる。保志は正人がキッチンを組み立てているのと同時進行で建物全体の電気工事をしている。保志の足音はとても大きい。朝からずっと、ドタドタと遠慮の無い大きな足音があちこちから響いていた。
その足音が突然止まった。
「正人!」
けたたましい怒声が自分の名を呼んだ。正人はびくりと手を止め、顔を上げた。
見上げた先に保志の顔があり、その目が怒りで吊り上がっている。保志の顔に窓から差し込む光が当たり、怒りで濃くなった顔の皺に影を作っていた。
「どうか、しましたか。」
問いかける間もなく、保志が駆け寄ってきていきなり胸ぐらを掴んだ。
「注文したんと違う寸法やないか!」
まくし立てる保志の口からつばが飛び、頬にかかる。
「え……?」
言葉の意味をすぐに飲み込めず戸惑っていると、ぐい、と頭を掴まれ、そのまま壁の方に向けられた。
向けられた視線の先に、あり得ない物を見た。
キッチンと壁の間に中途半端な隙間があったのだ。
「お前、この不細工な隙間どうするつもりや!」
再び保志の怒声が顔の上で響く。
嘘だ。
あるはずの無い隙間を見つめる。十㎝ほどの、埃がたまるより他に用途の無い隙間。
『ちょっと、長さが特殊やから、気をつけてや。』
注文を受けたとき、保志がそう忠告したのを思い出した。その忠告を今の今まで忘れていた。
「図面はどうしたっ!ちゃんと確認しながら作ったんか!?」
正人は、フローリングの床にがっくりと膝を突いた。身体中から血の気が引いていく。
「図面は……、作っていません……。」
呟くような正人の答えに保志の声が被さる。
「なんやと!?」
「CADを操作する時間が無くて、作りませんでした……。」
「あほか!!」
保志の声が、耳にキーンと響く。
固く、目を瞑った。
『このままだと、身体を壊すか重大なミスをすると思うんだよね。』
あきれ顔の美葉が昔自分に向かってそう言った。
今のように、昼夜無く仕事をする自分を見て、美葉が掛けた言葉だった。あの時は、大げさなと思っていた。
現実になってしまった。
「お前にはもう、仕事は頼まん。」
頭上で、保志の冷たい声が聞こえた。
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