突然のプロポーズ-3

 美葉みよは驚きの目を涼真りょうまに向ける。いつも飄々として、どこに本気があるのか分からないようなこの人に、純情な恋があったのかと思う。


 「親父がタイミング良く病気になっちゃって、会社を選ばざるを得なかったけど。」

 「女性を選ぼうとしていたんですか?」

 「そうですよ。」

 淡々とした口調で応える。


 「彼女ね、既婚者やってん。年齢も、かなり上。僕に仕事を教えてくれた人でね、常に前向きで生き生きとしていて、一緒にいたら楽しくなるような人。この人とやったら、どこまでも一緒に夢を追いかけられると思ったんや。」


 「……でも、結婚されてたんでしょ?」


 「幸せそうじゃ無かったから、奪ってやろうと思ってん。押して押して押しまくって。で、『自分は年齢的にも多分跡継ぎは産めない。会社を捨てる覚悟があるなら離婚してあなたと付き合う』と条件付きの回答を得まして。僕も若かったから、会社なんていらんから僕の所へおいでと言うてしまい。その直後に親父が倒れて今すぐ会社を継げと言われ、やむなく彼女を諦めて京都に帰ったと。」


 「その女性は、追いかけては来なかったんですか?」


 涼真は寂しげに首を横に振った。


 「彼女は大人やった。離婚したらしいけどね、僕が京都に帰ってから。その話を聞いてもう一回口説いたけど、相手にされへんかったわ。」


 ふふ、と自虐的に涼真は笑った。


 「まぁ、僕には結婚しないという選択肢は無いから、親族が勧める相手とか、ちょっといいDNAを持ってそうな子とお付き合いしてみるけど、物足りへんの。あの、どこまでも一緒に夢を追って行けそうなわくわくする人には、もう出会うことは出来へんと諦めてた。……でも、見付けた。」


 美葉は、自分を指さして首をかしげた。涼真は微笑んで頷いた。


 「修学旅行を抜け出してまで好奇心を満たしに行く女の子。この子とやったら、どこまでも一緒に夢を追いかけていけるって思った。保志やすしさんに言われなくても、美葉ちゃんをスカウトしに行こうと思ってたんやで。北海道まで。」


 修学旅行を抜け出して涼真が手掛けたリフォーム物件を巡った。あの時は、「空間をデザインする」という言葉の真意を知りたくて仕方がなかった。


その後、新風じんふぁでの思いがけなく再会した。涼真は保志の古くからの知り合いだった。翌日、涼真は樹々にやって来て「京都に来ないか」と誘ったのだ。


 「高校生の、あの時から……?」


 あっけにとられ、言葉を失う。確かになにかと待遇は良いし、プライベートの誘いも多いが、それは親心のようなものかと思っていた。涼真は、突然声を上げて笑い出した。


 「自分でも呆れる変態ぶり。紫の上を育てる光源氏みたいやね。」

 「自分で、言いますか。それ。」


 美葉は驚きと恥ずかしさで熱くなる頬を両手で押さえた。


 「でも、余裕をかましすぎたわ。あの家具屋さんが案外手強いのか、美葉ちゃんが単にマニアックすぎるのか。去年の夏、そろそろ実家に帰ろうと思うって相談された時は驚いたわ。もう、あいつの所にはそう易々と行かせへんよ。」


 涼真が、にやりと笑う。美葉の頭に、カッと血が昇る。


 「急に仕事が増えたり、長期休暇にホームステイを提案したり。それ皆実家に帰るのを邪魔してたんですか!?」

 「英語、話せるようになりたいって言うてたやん。」


 車が細い砂利道を進んでいく。振動を感じながら、美葉は涼真を睨み付けた。


 「職権乱用ですよね。」

 「はいそうです。」


 砂利道はそのまま、砂利を敷いた駐車場に続いていた。涼真は、美葉のもたれているシートの後ろに手をかけ、後方を向いた。そのまま、車をバックさせる。


 駐車をし終えた涼真は、近い距離のまま美葉に微笑みかけた。


 「僕の気持ちを伝えたので、もうしません。でも、美葉ちゃんも僕をそういう目で見てな。」

 「そういう、目って?」

 「男として見てって事。」

 美葉の鼻の頭を人差し指でつついた。


 ふわりと、ネロリの香りがする。

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