突然のプロポーズ-2

 え、と美葉みよは小さな声を上げた。涼真りょうまの眼差しは、逸らせることを許してくれない。


 「美葉ちゃんがいないと何にもできない家具屋さんなんかやめて、僕にしたら。僕は、美葉ちゃんにわくわく出来る物を何でも用意できるで。」


 顎から涼真の指が離れ、ハンドルに戻る。信号が青に変わり、緩やかに車が加速する。


 美葉は困惑しわんわんと鳴る頭を横に振った。


 「社長とお付き合いする女性陣は皆、華やかな経歴の方ばっかりじゃないですか。家は北海道の片田舎にある、いつ潰れてもおかしくない万屋よろずやですよ。」

 「知ってる。ご挨拶しに行ったやん。」


 木寿屋もことやに就職が決まった後、涼真はわざわざ父に挨拶をしに来てくれたのだ。


 『大切なお嬢さんをお預かりさせていただきます。』


 その一言を言うために。その時の、父親のぽかんとした顔が忘れられない。


 「確かにね、ご実家のお家柄はちょっと難点かな。僕は気にせんけど、周りの人間がうるさいからね。でも、お母様の方のおじい様は一流企業の重役をされてましたでしょ。なら、ギリオッケーかも。」

 「ギリオッケーで創業百六十年の老舗の社長夫人になるのは荷が重すぎます。」


 うーん、と涼真はうなり声を上げ、さっき美葉の顎に触れていた指で自分の顎をこすった。


 「美葉ちゃん、どうせそんなの気にせんやろ。自分がこうやと思ったら、周りに何言われても突っ走るやん。」

 「社長夫人には、突っ走ってやろうと思うような魅力を感じません。」

 「手厳しいなぁ。」


 涼真は軽くため息をつく。しかし、その表情にはまだ余裕の笑みが浮んでいる。


 やっぱり、冗談なのでは無いだろうか。そう、疑ってしまう。


 「大体、なんで私なんか?」


 問いかけると、涼真はチラリと美葉に目を向けた。


 「照れくさいなぁ。」


 そう呟いて、困った表情になる。それから、少しだけ真面目な顔をした。


 「美葉ちゃんは、やっと見付けた理想の女性やの。」

 「理想?私みたいに気の強いがさつな女が?」


 涼真は吹き出し、大きな笑い声を上げた。そんなに笑わなくても良いだろうと、むっとする。


 「事故りますよ社長。ちゃんと運転してください。」

 「はいはい。」

 涼真は頷いて、はぁ、吐息を整えた。


  交差点を右に曲がる。上山町の方へ向かうのかな、とチラリとそう思った。


 「前に、僕が札幌におった事、話したやろ?」

 「ええ、確か修学旅行の時。」

 「もう少しで会社継ぐのやめるとこやったって、言うたかな。」

 「そう、聞いたような気がしますね。」


 記憶をたどる。木寿屋のショールームで、涼真と始めてあった日の光景が浮ぶ。修学旅行で立ち寄ったカフェの階段を好奇心で昇っていった。その先にあった無垢のフローリングのショールーム。そこで初めて涼真に出会い、「空間をプロデュースする」という言葉を聞いた。


あの階段を昇っていなければ、今自分はここにいないはずだ。


 「好きな人にね、会社か自分かどっちか選べと言われてん。」

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