突然のプロポーズ

突然のプロポーズ-1

 美葉みよは前髪をピンで留め、片倉かたくらに指摘された件を修正するべくパソコンを立ち上げる。さっさと終わらせて次の案件に取りかからなければ。


 印鑑を押し終わった涼真りょうまは、書類をトントンと机に打ち付けて整え、佐緒里さおりに返した。


 「ちょっと、美葉ちゃんの身柄、お借りしますよ。」

 「返却はお早めにお願いします。社長が毎月のノルマをつり上げてから我が部署は超忙しくなりましたので。」


 書類を受け取りながら、佐緒里はつっけんどんに言い返した。佐緒里は涼真とは長い付き合いがあり、対等に話をする。


 「はいはい。美葉ちゃん、ちょっと付きおおて。」


 涼真の手招きに、美葉は渋々立ち上がる。出来れば仕事を続けたい。こういうときの涼真の用事は、大抵たいした用事では無い。


 



 石畳の細い路地を歩く。石壁や生け垣に囲まれた小径は道端が狭いため、誰かとすれ違う度に涼真と肩が触れそうになる。


 石堀小路を出た所に会社の駐車場がある。外勤用の軽自動車横のお客様用駐車スペースに、涼真のレクサスが停まっている。社用車を使っていないと言うことは、私的な用事なのだろう。美葉は少し不機嫌になる。


 「どこに行くんです?」


 助手席に乗り込んだ美葉は涼真に問いかけた。声に、機嫌の悪さが出てしまっている。涼真は、くすくすと笑いながら、美葉の頭をつついた。


 「あ!」

 美葉は慌てて、前髪をとめていたピンを外した。


 「気付いてんなら、早く言ってくださいよ。」

 口をへの字に曲げて言うと、涼真は笑いながらサングラスをかけた。

 「可愛かってんもん。」


 重厚なエンジン音が響く。


 「美葉ちゃん、来月の連休、空けといてな。」

 駐車場の出入り口を身を乗り出して確認しながら涼真が言う。


 「……なんで、ですか?」

 また、不機嫌な声を出してしまった。出来れば仕事を片付けて、久しぶりに当別へ帰ろうかと思っていたのだ。


 本当は、何時だって帰りたいと思っている。去年まで月に一度は必ず帰るようにしていたのに、涼真が何かと用事を作って美葉を連れ出すようになり、帰郷できなくなった。


 「茶事があるんや。大事な取引先の社長さんをお招きしてるからね、華を添えへんと失礼やん。」

 「えー……。」

 思い切り眉をしかめる。涼真が作る用事で最も多く、美葉が苦手とする用事が、茶事だ。


 「華を添えるなら私じゃ無くても。社長、見目麗しいガールフレンド沢山いらっしゃるでしょ。」

 涼真は、軽い笑い声を立てた。


 「焼き餅?」

 「違います。」

 はっきりと否定すると、涼真はまた笑った。


 「美葉ちゃん、うちの看板娘やからね。ちゃんとお役目果たして下さいよ。」


 うう、と唸る。


 入社してすぐ、何故かプロのカメラマンに制服姿の写真を撮られた。その、よそ行きの笑顔の写真が会社のホームページやポスターに使われている。


 幼少期から茶道に親しんでいる涼真は、茶道の世界で言う会食の席、茶事に大事な客人を招く。その席で看板娘としてそつなく振る舞えるようにと、美葉も茶道を習うことになった。五年も習っていればそれなりの振る舞いは出来る。しかし、肩がこるし足はしびれるしでどうしても好きになれない。


 「そろそろ、看板娘の座を誰かに譲りたいんですけど。」

 唇を尖らせる。信号が赤に変わり、涼真は車を止めた。美葉の方をじっと見つめる。


 「看板娘を辞めて、社長夫人になるのはどう?」

 「またまた。」


 美葉は肩をすくめた。不意に涼真の指が顎に触れ、軽い力で自分の方に向けた。


 涼真の、真剣な眼差しがそこにある。


 「冗談や無くて、本気。」

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