彼が姿を消した理由

彼が姿を消した理由-1

 住宅街の中にある定食屋で、れんと向かい合っている。錬は黙々とザンギ定食を口に運んでいる。


 四人掛けのテーブルが二つに、カウンターがあるだけの狭い定食屋。「唐揚げ」ではなく「ザンギ」と表記してあるところや、ホッケやジンギスカンの定食があるところが北海道らしい。


 錬は迷わず佳音かのんをここに連れてきた。どうやら常連のようで、店に入ると錬は軽く店主の男に頭を下げた。


 そう言えば、錬はザンギが好きだった。それも、美葉が作ったのが世界一旨いと言っていた。高校三年生のクリスマスの集まりで、素手でザンギを摘まみ、口に放り込んでいた姿を思い出し、つい笑ってしまう。


 「なんだよ。」


 錬は、目を合わさず不機嫌そうに言った。二度目の再会後、初めて交わす言葉だ。


 「錬は、ザンギが好きだなーと思って。」


 錬の表情に照れが浮んで消えた。


 「そっちこそ。相変わらずオムライスが好きだな。お子様か。」


 スプーンの上のチキンライスをこぼしそうになった。そう言えば、高校生の時お弁当がオムライスだとテンションが上がり歓声を上げていた。お弁当箱一杯にチキンライスが入っていて、薄焼き玉子がのせられている。ケチャップでハートマークが描いてあった。母にとってはどちらかというと手抜き弁当であるらしかったが、毎日それでもいいと思っていた。


 「そんな、オムライスばっかり好きなわけじゃ無いもん。」

 頬を膨らまして言い返す。錬の箸が空中で止まった。


 「節子ばあちゃんのトマトとトウキビ。芋団子。」

 ぼそぼそと、錬が言う。うつむいたままで、視線をこちらに向けようとしない。


 フライパンの上で香ばしい香りを放つ丸い芋団子を思い出す。焼きたての芋団子にバターをのせると、じゅわっと溶けていく。口に入れると、甘いジャガイモの風味とバターの香りがいっぱいに広がるのだ。


 もう、あの芋団子を食べることは出来ない。誰が作っても似たような味になるはずなのに、節子の芋団子の味にはどうしてもならない。


 「……ばっちゃんの芋団子、おいしかったな。」

 思わず呟くと、錬がはっと顔を挙げた。

 「節子ばあちゃん、どうかしたのか?」


 一瞬、言葉に迷う。しかし、隠す理由を見付けられない。佳音はふっと息を吐いてから口を開いた。


 「認知症に、なっちゃってね。もう料理は作れない。っていうか、急に何か作ろうとするんだけど、途中で忘れちゃうから火事になりそうで目が離せない。」

 「……そう、なのか……。」


 錬は、愕然としたように呟いた。箸を置いて手元を見つめる。


 そうか、と思う。錬は知らないのか。改めて、錬が居なくなってからの時間の長さを思い知る。


 佳音は、きゅっと奥歯を噛みしめて決意を固めた。


 聞いたら、怒って帰ってしまうのではないか。そう思い、すぐに尋ねることが出来ないでいた。でも、聞かないわけには行かない。錬の両親が最悪の事態も含めて心配しているのを知っている。錬が無事で居ることだけでも、知らせなければ。


 「錬、なぜ、いなくなっちゃたの……?」

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