パン職人の正体-2
「お客さん、こんなとこで寝られたら、邪魔なんですけど。」
肩を揺すられて、目を覚ます。
肩を揺すったのは、さっき見た坊主頭の男性のだった。錬だと思った、間違いなく。でも寝ぼけた頭が夢だったのかも知れないという見解を挟み込んでくる。確かめるために、顔を上げて自分の肩を揺すった人物を見上げる。
見上げた人物の顔が、逆光で陰になっている。よく見ようと目を細めた。
男性はくるりと背を向けて立ち去ろうとする。
「錬?錬でしょう?」
恐る恐る問いかける。
「離してくれませんか。」
ぼそりと返ってきた声は、間違いなく錬のものだった。この声を聞き間違えるはずは無かった。幼い頃は高音で、声変わりをしても男性の中では声が高い方。抑揚はあまりなくてソフトな話し方をする。
控えめで、自己主張の強い健太にいつも意見を併せていた。一方で仲間が困らないように常に気遣っていた。
そして、なんども自分の事を好きだと言ってくれた。
その声を聞き間違えるはずは無かった。
錬の足が、掴んだ佳音の手を引き離すように足が持ち上がる。
「嫌だ!離さない!絶対に離さない!」
掴んだ手に、力を込める。
しばらく、持ち上がる足とズボンを握る手との力比べになった。
錬はふう、と大きなため息をついた。
諦めたように、振り返る。その風貌の変化に、息をのんだ。
頬が痩け、優しさがそげ落ちて鋭くなった目の下を隈が囲んでいる。もともと痩せ型だった身体は更に痩せて、まくった袖から覗く腕は血管の筋が濃く浮いている。
錬は射ぬく様な視線を佳音に投げつけた。
「俺がここにいること、誰にも言うなよ。」
脅すような声で言う。今まで、聞いたことの無い嫌なトーンの声。
佳音は思わず唾を飲み込んだ。
「……心配してるよ、皆。お父さんも、お母さんも。」
錬は目に怒りを滲ませた。
「関係ないだろ。」
呟いて、立ち去ろうとする。佳音は両手で錬の足にしがみついた。ゆとりのあるズボンの下に隠れた足は細い。
「離せ。」
「離さない!」
抱えるように、全身で足にしがみつく。
「連絡先、教えて。じゃないとすぐに錬のお母さんに電話する。」
「勝手にしろよ。消えるのなんて簡単だ。今すぐまたどこへでも消えてやる。」
そう言った錬の声は、どこまでも冷たかった。
本当に、消えてしまう。手を離したら、すぐこの場でこの姿が消えてしまう。そんな気がして、腕に力をこめた。
錬のため息を頭上で感じた。
「……連絡先、教えたら黙っててくれんの?」
「錬がいなくならないって約束してくれるなら。」
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