男の正体

向日葵の恋

向日葵の恋-1

 九月に入ったばかりの夕刻は、まだ日が高く昼間のようだ。日中は残暑が厳しく、風通しの悪いマンションにいると息苦しさを感じた。この時間になってやっと、涼しい風に息をつけるようになった。


 夜勤者用の駐車場にチアフルピンクのハスラーを停め、職員玄関に向かう。入り口の庇の陰に芽依めいが立っていた。佳音かのんを見付けると、駆け寄ってくる。色が白くてぽっちゃりとした、天然パーマの女の子だ。


 札幌市内の病院に就職して、内科の病棟で初めて担当した患者さんが芽依だった。


佳音よりも三つ年下と年齢が近く、外見も似ていることから同じ病室の患者さん達から姉妹みたいだと言われていた。


佳音は、全身性エリテマトーデスの芽依がぽっちゃりして見えるのは、ステロイドの副作用でむくんでいるためだと言うことを知っていた。太っている自分に似ていると言われるのは気の毒だ。



しかし、芽依は佳音のことを本当の姉のように慕い、病気に対する不安や将来への絶望感を吐露してくれた。新米看護師の佳音には、聞いてあげる事しか出来なかったが。


 三ヶ月の入院期間を経て退院してからも、通院のたびにこうして佳音に会いに来てくれる。芽依は、佳音に気持ちを聞いてもらえたから、病気と闘う勇気を持てたと言ってくれた。


 看護師になり二年になるが、芽依が掛けてくれたこの言葉だけが、看護師の自分に向けられた褒め言葉だった。


 「芽依ちゃん、今日、診察日?」


 佳音が問うと芽依はつばの広い帽子の下で頷いた。紫外線に当たると皮膚が腫れ上がってしまうので、夏でもつばの広い帽子と日傘で日差しを避け、アームカバーで二の腕までを覆わなければならない。定期的に受けている診察も、夕方の遅い時間に予約を入れているはずだ。


 「そうなの。佳音さんに会いたくて、ちょっと早く来たんだ。」


 屈託の無い明るい笑顔を見せる。もう十年も難病と付き合っているのに、芽依は明るくて素直だ。日差しに当たれないけれど、向日葵のようだと思う。強くて、まっすぐで。


 うらやましい。


 心の中でそう呟きながら、笑顔を返す。

 「ありがとう。芽依ちゃんに会えて嬉しいよ。体調はどう?」


 看護師らしい振る舞いを心がけなければ。佳音は芽依の皮膚や唇、白目の色を観察しながら問う。芽依はにっこりと微笑んだ。


 「すごくいいの。今までで一番良いかも。それでね、ちょっとアルバイトも始めたんだ。」

 「アルバイト?」

 「そう。知り合いのパン屋さんで、週に1回だけ。夕方から、閉店作業まで。」


 「無理、しないでね。」


 疲労が症状を悪化させる可能性もある。それに、感染症にもかかりやすい。無理がたたって体調を崩さなければいいと心配になる。

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