すっかり狂ってしまった歯車

すっかり狂ってしまった歯車-1

 目を覚ますと、天井の茶色い梁が見えた。


 疲れ切って、電池が切れるように床に転がって眠る。それが当たり前になってしまった。身体を起こすと、頬に斜陽が当たる。朝なのか、夕方なのかも分からず、窓の外をしばらくぽかんと見ていた。


 こっちの窓に太陽があると言うことは、夕方だ。


 谷口商店の白い壁が茜に染まっているのを見ながらぼんやりと考える。


 「仕事、しなくちゃ。」

 立ち上がり、卓球台の上に広げた工程表を手に取る。


 作りかけのダイニングテーブルと照らし合わせる。工程表とは、明らかにずれがあった。


 「また、やっちゃった。」


 ――発注リストと工程表のチェックは、漏れないように。

 硝子のキュリオボードと新風じんふぁの家具を同時進行で作った時から美葉みよに言われたことが、出来なくなっていた。


 美葉が京都に行く前に、受ける仕事量の上限を決めた。美葉は正人まさとのキャパシティを理解していて、少し余力があるくらいの量を示してくれていた。京都に行ってからも、月に一度は帰郷して正人の仕事に漏れが無いかチェックしてくれてもいた。


 家具工房樹々じゅじゅには途切れない程度に家具の発注が来るようになっていた。それは、美葉が示した上限よりも少ないことが常だった。だから仕事を順調にこなし、美葉の父和夫かずおと家事を分担しながら規則正しい生活を続けることが出来ていた。


 贅沢をしなければ、美葉を正式な社員として迎えることが出来る。理知的で美しい美葉がずっとそばにいてくれたらどんなに幸せだろう。


 この五年間、正人は着実に自信を積み重ねていった。


 しかし、あの番組が放送されてから、事態が急激に変わってしまった。


 正人のキャラクターが受け、工房が有名になってしまった。そして、正人は欲を抱いてしまったのだ。


 もう少し仕事を沢山受ければ、それだけ美葉の給料を高く出来る。


 もしも。


 もしも美葉が自分の所に嫁に来てくれるとしたら。


 美葉にできるだけ良い生活をさせてやりたい。


 そう考えて、沢山の仕事を請け負ってしまった。


 『僕には心に決めた人がいるので。』


 その言葉を聞いて、美葉は顔を赤くしていた。あれは、嫌がっている表情では無かった。遠回しに伝わった自分の気持ちを、受け止めてくれたと解釈しても良いのでは無いだろうか。


 次に会ったときに、言おうと決めた。


 ――帰ってきてくれませんか、僕の所に。僕は、美葉さんが好きなのです。


 しかし、それどころの話では無くなってしまった。

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