回り出した歯車-2
前髪で隠した目が、見覚えのある顔だと判断した。極端な縁取りをしておらず、色は自然な黒だが、のえるの瞳だと分かった。
『ねぇ、LINEの交換くらいしようよ。その方が会話しやすいでしょ。』
のえるは、いたずらっぽく笑っている。
自分はのえるの姿を知っていたが、のえるは自分の姿を知らないはずだ。どこに住んでいるのかは、教えたことがあったような気がするが、今回の収録のことに触れた覚えは無い。
『驚いたでしょ。私、陽汰が思っているよりずっと陽汰のファンだから。SNSってたどったら案外情報分かるんだよ。陽汰はこの番組のこと教えてくれなかったけど、お友達は大々的に情報流してたから。なかなか会ってくれないから、会いに来ちゃった。』
陽汰は動揺を隠せないでいた。
思いがけないところで、個人情報が漏れていたこともそうだが、スマートフォンの向こうにいるはずの人間が目の前に現れて、虚像ではない自分に相対している事に、恐れを抱いた。
丸裸にされているように感じる。
音楽と映像というもので、常に自分を隠していたつもりだった。発信するものから、自分の姿形を想像するのはどうぞ御勝手に、と思っていた。
誰も、こんなに背の小さい、天然パーマを持て余した陰気な人間だとは想像していないだろうし。
それに。
のえるの前では特別に格好を付けている事は自覚していた。
のえるは、幼なじみ以外で初めて出来た『友人』だった。のえると音楽を通じてやり取りすることはとても楽しい。
それに、のえるは魅力的だった。
のえるは、光と影を捉えるのが上手だ。動画の中で、自分の横顔を光に溶かしたり、月明かりに限りなく近い青に染めたりする。
何度も目にしているはずの街の姿も野に咲く花も、光と影のフィルターを通して見知らぬ世界のものに変える。
のえるは創造した世界の中に自分の姿を登場させる。時に景色の一部のように、時に一瞬の感情だけが浮き上がるように。
自分の曲が、のえるの手で彩りを加えられていく。
そんなことが出来るのえるは憧れであったし、映像の中の彼女は美しかった。
だから、実物の自分を見て幻滅して欲しくないと思っていたのだ。
陽汰は、どうしていいのか分からずスマートフォンに目を落とした。
死んだふりをする小動物のようだと感じながら。
『ね、陽汰とユニット組みたい。正式に一緒に活動しようよ。』
スマートフォンに刻まれたメッセージに度肝を抜かれた。
『告白タイムまでに、考えておいてね。』
のえるはそのメッセージを送った後、自分のそばから立ち去った。
告白タイムになり、のえるは自分の前にやってきて小麦の束を差し出した。自分は、その麦の束を受け取った。
のえるとのユニット名は
のえるの作る動画はちょっとした話題となり、再生回数が急激に伸びた。少額だが、小遣い稼ぎも出来るようになった。まだ、職業はフリーターだがもしかしたら音楽で食っていけるようになるかも知れないと、夢を見ることは出来る。
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