第1話 心に決めた人-2

『困ったことになったんですよー』

 テレビ出演を持ちかけられたとき、電話口で聞いた正人まさとの泣きそうな声を思い出して美葉みよは吹き出しそうになった。


「どうしたの?」

 佳音かのんが気付き、小声で問いかける。その頬がビールに酔ってほんのり赤く染まっている。

健太けんたが勝手に話を進めたでしょ? 正人さん、本当に困ってたんだよ。」

 そう答えると、佳音もクスクスと笑った。


「本当にさ、俺たちの承諾を得ないで勝手に話を進めてさ。俺、もう千紗と結婚する予定なんだぜ?」

 襖にもたれて、悠人ゆうとが不機嫌な声を出した。千紗ちさが笑いながら悠人の方を振り返る。


「独身最後の思い出になってよかったじゃん」

「大して良くない。……これから起こることは、テレビ番組の中のことだからな。あくまでも、これはテレビだ。番組の演出で、いろいろ誇張されてるからな」


 なにかやましいことでもあるのか、悠人が大真面目な顔で言う。その隣で、正人は顔を赤らめてそっぽを向いたままでいる。その理由は、これから明らかになるのだろう。美葉は浮き立つ気持ちで画面に注目した。


 丁度、正人が画面に登場したところだった。俳優顔負けの美貌。しかし着ているものはカーキ色の作業着。正人は作業着しか着るものを持っていない。カーキ色は、お客さんのところに行く時に着る「よそ行き」の方だ。


 正人に続いて、白いタオルを頭に巻いた悠人が現われた。はみ出したくせ毛をそよ風に靡かせながら白い歯を見せて微笑んでいる。


「映えてるね」

「うん、映えてる」


 美葉と佳音が頷き合う。


「なんでタオルまいてんの?」

 桃香ももかが悠人に尋ねる。

「制作者の意向。桃香、これはテレビだから。演出が入っているからな。あくまでも、演出だからな」

「しつこい」

 桃香はぷい、と悠人から顔を逸らした。


「なんか怪しいね」

「うん、あやしい」

 千紗と桃香がささやき合う。


 不機嫌そうな顔の陽汰ひなたも現われた。首謀者として名を連ねることになり、責任をとって出演することになったそうだ。陽汰はテレビの中でもスマートフォンを弄っていた。その後で健太が不自然に髪を外はねさせた姿で登場する。皆仕事着を身に纏っているのに、一人だけスーツ姿なのがかえっておかしく見える。


 舞台は新風じんふぁでの立食パーティーのようだ。新風は保志が経営するシュラスコが名物のレストランである。


保志は中古物件のリフォームを生業としているが、数年前広大な土地を購入し、そこに新風を建てた。物珍しさや悠人の作る有機野菜の味の良さが評判を呼んでいる。


「俺のレストランも、映えとるな」

 保志やすしが嬉しそうに頷いて本日何本目になるのかもう分からないビールの栓を開けた。

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