心に決めた人

心に決めた人

第1話 心に決めた人-1

 健太けんたの家の離れの居間に仲間達が集まり、各々が持ち寄った食べ物や飲み物をつつきながら夜の9時を待っていた。


 五十インチのテレビの正面に健太と保志やすしが座り、その後ろに美葉みよ佳音かのん千紗ちさと九歳の娘桃香ももかが並ぶ。二十代の青年達に一人混じった中年の保志は無遠慮に関西弁で冗談を言い、豪快に笑いながらビールを飲んでいた。


 陽汰ひなたは部屋の片隅でスマートフォンをいじっていた。女性よりも頭一つ小さい身体を更に小さく丸め、縮れた前髪で両目を覆っている。


 正人まさと悠人ゆうとは、何故か入り口の襖の近くに立ち皆の中に入ろうとしない。襖は通気のため開け放たれている。襖一枚分のスペースに二人は窮屈そうに身を寄せ合っている。


 陽汰の横に引き違いの窓があり、開け放たれていた。人の熱気は、そこから開いた襖に抜ける風だけでは冷ますことが出来ない。室内はむっとした熱が籠もり、扇風機の風がいたずらにかき回している。


「お! 時間だ!」

 健太が立ち上がり、リモコンのボタンを押した。


 テレビ画面に、高台から映したと思われる石狩平野が映し出される。金色に染まる小麦畑と緑の稲。青く晴れ渡る空に浮ぶ白い雲。見慣れた風景のはずなのに、テレビの画面越しに見ると更に美しいと美葉は思った。


 腰まである髪を高い位置で団子にし、レースのクロスターバンを巻いている。白いTシャツの胸元には、小さな木彫りのネックレスが揺れる。関西の湿度と気温になれているとは言え額に汗が滲む。喉が渇き、レモンサワーを口に含んだ。


 ふと視線を感じ、振り返ると正人と目が合う。途端に正人は端正な顔立ちが台無しに成る程真っ赤に顔を染めてそっぽを向いた。


 番組のタイトルが表れた後、スタジオにお笑いタレントの姿が映し出される。


「今回は嫁不足に悩む北海道の農村地区が舞台となります。当別町という札幌市の隣町、ここに素敵な結婚を夢見る乙女達が集まりました。さて、どんなドラマが繰り広げられるでしょうか!」

 いくつもの冠番組を持つ有名タレントが早口でまくし立てる。


 昔流行した、初対面の男女が恋愛を求めて集まり、交流してカップルを成立を目指す番組がリバイバルされ、視聴率を集めている。日本全国、様々な場所を舞台にし、その土地柄とユニークな住民をクローズアップしているのが人気の理由なのだそう。舞台となる場所は一般から公募している。そこに、健太が目を付けた。


 健太と美葉、佳音と陽汰、れん。五人の幼なじみが地元の高校を卒業して五年が経つ。それぞれの道を進みながらも、年に数回は地元に集まっていた。


 4年前に行方不明になった錬以外は。


 健太は、家業を継いで農業に精を出していた。そして、街コンにも積極的に参加し、彼女探しにも余念が無い。しかし、目立ちたがりなところが災いし、盛り上げ役に徹してしまうのだ。そんな現状を、全国から「農家の嫁になってもいい」という女性を集めることで打破できると思ったのだろう。


 パソコンが得意な陽汰にPR用の資料をパワーポイントで作らせたそうだ。そこには、美しい自然が映像として映える環境でありながら、札幌に隣接しているのでロケが楽だと言うことや、有機野菜の栽培に燃える若い農業家達の情熱、そして視聴率を稼げるであろう美しくてキャラクター性のある住民の紹介などが記載されていた。


 美しくてキャラクター性のある住民と言えば、廃校になった小学校の体育館で手作り家具工房を営む正人しかいない。彫りの深い切れ長の瞳は一件クールな印象だが、行動はハチャメチャで見ていて飽きないはずだ。正人の特長を伝えるため、動画まで貼り付けたらしい。


 王道の美青年も必要だった。そこにも、ぴったりの人物がいた。

 陽汰の兄であり、若い農業家達のリーダー的存在で、ぱっちりとした瞳が印象的な悠人だ。頭に巻いた白いタオルをこれほどまでに爽やかに着こなせる人物は他にはいない。


 健太の情熱と、陽汰の悪乗りは功を奏し、小麦が美しく色づく七月の終わりに、ロケ隊がやってくることになった。

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