第2話
目を開けると、そこは見知った天蓋付きのベッドの上でした。
呆然と上半身を起こした私に、気づいた侍女のリサが駆け寄ってきます。王の意向を気にして私の意志を無視する侍女ばかりの中、リサは唯一信頼出来る侍女です。
魔王討伐は全て夢だったかのように、遠い出来事に感じます。
水や食事などを、用意しながら侍女のリサが状況を説明してくれました。
あれからなんと私は、1ヶ月も眠り続けていたそうです。その割にはまったく体が衰弱しておらず驚きました。
また、鏡を見て、ここ10年慣れ親しんだピンクブロンドが茶髪に変わっていることに驚きました。そして、聖女の力が体にまったく残ってない事にも気づきました。
リサの話によると勇者様達は、あの後無事に魔王を倒せたそうです。
あの絶望的な状況からどのようにして倒せたのか聞きましたが、リサは何故か言葉を濁しました。
とにかく、魔王はチリひとつ残さず殲滅出来たとの事です。
魔獣達は通常、魔王を倒すと魔王復活のために力を集めるためか魔王城に戻ってきます。
しかし今回はチリも残さず一瞬で魔王を殲滅してしまった為に、イレギュラーが起こったそうです。
自分の身の振り方が分からなくなった数匹の魔獣が、王都を襲ったそうです。国防軍が正常に機能していれば、数匹の魔獣は倒せたはずでした。
しかしこんな緊急時に、何を考えていたのか兄である王子達が国防軍を第1王子派と第2王子派の二手に分けて次期国王の座を争い戦ってしまっていたそうです。
結果、国民は守られずに危機的状況に陥っていたそうです。
そこに駆けつけたのが、勇者ライズ様と賢者ハン様と、魔法使いターニャさんだったそうです。
気を失って眠り続けている私を王宮に送り届けて、彼らは魔獣を殲滅しに行ったそうです。
そうして、彼らが最後の魔獣1匹を倒し全てが片付く頃。
なんと、第1王子と第2王子の抗争は2人が相打ちし双方亡くなるという形で決着がついたとのことです。
あまりの話と、大変な事態に意識を失っていて役立てなかった自分の不甲斐なさに、私は愕然としました。
王子達の国葬はもう済んでいるとのことです。
私はあまりの事態をまだ飲み込めないままに、リサに聞きました。
「今、勇者様と賢者様とターニャさんはどこに?皆さんはご無事ですか?」
リサの答えの前にノック音がして、宰相の息子のサイード様が私の部屋にやってきました。
サイード様は甘いマスクで高身長の黒髪の20代後半の方です。何故かまだ妻を娶らないので、王宮で1番モテていらっしゃる方です。
女慣れしていらっしゃるせいか、人との距離感が異様に近く、無駄に人に触れてくる上にいつも嘘くさい笑顔なので、私は少し苦手にしていました。
「セレナ、目を覚ましたか!聖女の証であるピンクブロンドでは無くなってしまったのは残念!」
そう言って、サイード様は私の髪をひと房取りました。私が嫌そうに眉をひそめると、サイード様は少し驚いた表情で、髪を手放して言いました。
「セレナが感情を表すとは、珍しいな。茶髪ってことは、もう聖女の力は使えないって事かな?通常は魔力って時間が経てば回復するけど·····なんとか力を戻す方法はないのかな?今、この国ってすごく混乱してるんだよね。貴族や他国との駆け引きや交渉材料として、すごく使えるから聖女の力を、戻して欲しいんだよ。魔王討伐なんかにちょっと使いすぎてしまったね。勿体ない·····」
サイード様はそう言いながら、私の頭をポンポンと叩いたので、私はその手を払いのけました。
ふつふつと私の中から、怒りが湧いてきました。
「『魔王討伐なんか』ですって!勇者様と賢者様とターニャさんの命懸けの頑張りを、軽んじるような発言は許せません!·····あと、言っておきますが、私は道具ではありません!」
私がそう言い放つと、サイード様は憐れむかのような目線を向けてきました。
「君が信頼している勇者が1番、君の事を道具として利用しようとしてる事に気づいてないんだね。可哀想に·····。箱入り王女様をたらし込むのは、簡単だったようだね。まさか、もう手を出されてるとか?」
「勇者様は、そんな方ではありません!」
私の言葉に、サイード様は肩を竦めてため息をつきます。
まるで、私が勇者様に騙されていることに気づいていないかのような態度です。
私の心に一抹の不安が、黒いモヤとなってかかり始めました。
「まぁいいや。この国の暗い空気を払拭したいから、ちょうど魔王討伐を祝した国の祭典を数時間後に行う予定なんだよ。体調が大丈夫で用意が間に合うなら、出ればいいよ。勇者に会わせてあげるよ。本当は勇者だけを参加させる予定だったが·····まぁ、人の本性を学ぶいい機会だろう。用意が間に合うなら、参加してもいいよ」
サイード様は鼻持ちならならない方ではありましたが、今までこんなに偉そうだったことは無かったです。彼が変わった背景には、何かがあると私は薄々察しました。
サイード様の提案に乗るのは癪に触りましたが、せっかくライズ様に会える機会との事で、私は急いで用意をする事にしました。
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