聖女は聞いてしまった
夕景あき
第1話
私は勇者様の本音を聞いてしまいました。
明るく優しい勇者様が、いつもと違う暗い声で呟いていた言葉·····これこそが彼の本音に違いありません。
ああ、私は彼にとっても道具でしかなかったのです。
私は道具として、心を持たないままでいるべきだったのです。
そうしたらこんな身を引き裂かれるような痛みを感じずにすんだのに·····。
私を道具として扱いはじめたのは、10年前の国王陛下が始まりでした。
***
「聖女の癒しの力は、限りある国の資源だ!貴族との駆け引きや交渉材料として使っておるのが分からんのか!!それをお前は、あろう事か貧民街の孤児なぞに、無駄に使いおって·····馬鹿モノが!もう金輪際、この様な勝手な事をせぬよう、しばらく部屋から1歩も出すな!」
父である国王陛下の怒声に、私は身を縮めました。
7歳のある日、聖女の力を使いすぎた私は私室で寝込んでいました。
そんな私の部屋に父がやってきて、開口一番言った言葉がこれです。
地獄耳の私は、部屋を出ていく時に国王が宰相に小声で文句を言っているのも聞いてしまいました。
「まったく·····余計な考えを持たぬよう、言われた事しかやらないように教育しろと言ったはずだ。道具に心は不要だろうが。教育係を罰してやらねばなるまい」
娘ではなく道具として扱う国王の言葉に、私は自分の心がサーッと冷え切って固まっていくのを感じました。
国王が私を忌み嫌う理由は分かっています。
ひとつは、私を産んだ後に産後の肥立ちが悪く最愛の王妃が亡くなってしまったことです。
もうひとつは、7歳のある日、私に聖女の力が芽生えてしまったことです。
聖女の力は癒しの力として尊ばれると共に、忌み嫌われています。
その理由は、この国では聖女の力に覚醒した者が現れてから10年後に、魔王が復活すると言われているからです。
前回、魔王が復活したのはおよそ80年前です。
その時は、平民の少女が聖女の力を覚醒し、神殿で保護されたと言われています。聖女になると髪の毛がピンクブロンドになるので、すぐに分かるのです。
私も普通の茶髪だったのに、7歳の時に突然髪の毛がピンクブロンドに変わってしまい酷く混乱しました。
80年振りの魔王復活に、国王は非常にお忙しくなられ、同時に私への態度はますます冷たくなりました。
第1王子と第2王子がいるから跡取りに困らないというのも、私を蔑ろにする理由かもしれません。国王は第1王子と第2王子を事ある毎に比較して競わせて、優秀な方を次期国王にする予定のようです。
いつしか私の周りには、私を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなってました。
私自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という道具になりきれば辛くないと気づきました。
私の目に映る世界は、ぼんやりモヤがかかったように見えてました。
鏡に映った自分の目はいつも虚ろでした。
何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々が過ぎていきました。
それから10年の月日が流れました、本日は勇者と賢者と魔法使いを決める武闘会の日です。
魔王を撃つのは、勇者と賢者と魔法使いと聖女の4名のパーティでなくてはならないと、昔から決められているそうです。
数百年前の王様が、何千人もの兵士で魔王城がある魔の森に攻め入りましたが、4名以外は入れなかったそうです。
また、聖女が現れてから10年目にならないと魔の森には1歩も入れないという制約もあるそうです。
なので、聖女が現れてから10年目に国中の強者を集めて武闘会を行うのです。
武闘会で1番強かった者が勇者、2番手が賢者、3番手が魔法使いの称号を与えられます。
そして世界で唯一、治癒能力がある聖女を加えた4名でパーティを組み、魔の森に向かうのです。
武闘会の当日は、真っ青の絵の具を塗り込めたような快晴でした。
国王は、数百人の猛者達を集めた会場を見渡して声をはりあげました。
「よくぞ集まってくれた!これから、この国1番の強者を決めてもらう!1番の者には勇者の称号と伝説の剣、そして聖女であるセレナ王女をくれてやろう!」
野太い声で開場中が吠える中、私は飾りたてられて王の隣に連れ出されました。
この頃には、私は道具として扱われる事に何も感じなくなっていました。無表情で虚ろな目をしてる私を、周囲の人は気味悪がっていました。
国1番の力を持つ人が、どんな乱暴な人でも凶悪な性格の人でも、私は道具として嫁ぐのみです。
幼い頃に夢に見た、好きな人と結婚する事は王女として生まれた時点で叶わないとは分かっていました。
トーナメント形式の試合をボーッと眺めていた私ですが、目を惹く人が1人いました。
その人は、私と同じ位の年齢に見えました。
身なりは薄汚れてボサボサの金髪でしたが、整った顔立ちをしていました。生命力に溢れた爛々と光る金の目が、印象的でした。身のこなしは素早く、剣さばきは華麗で、雷の魔法の威力は誰よりも強烈でした。
彼が勝ち上がるにつれ、観客の女性達の声援が大きくなりました。
決勝戦は、金髪の彼と銀髪にメガネの青年との戦いでした。50代までの筋骨隆々な武人も多く参加している中、20代前後の2人が勝ち上がった事に、会場はざわつきました。
銀髪のメガネの青年は、金髪の彼と友人のようで決勝戦中に何度も軽口を交わしている様子がありました。会話内容までは聞こえませんでしたが、とても仲良さげな様子でした。
しかし、銀髪メガネの彼が何かを話した途端、金髪の彼の態度が豹変しました。
憤怒の表情で剣に特大の雷魔法を纏わせ、銀髪の青年に襲いかかり、一瞬で決着がついたのでした。
表彰式で国王は勇者の聖剣を掲げて、金髪の彼に言いました。
「その若さで、よくぞ1位の座を勝ち取った。褒美として、勇者の座と、聖剣、そして王女をくれてやろう!」
金髪の彼は恭しくお辞儀をして剣を受け取りました。そして、彼はすくっと立ち上がり凛々しい声で言いました。
「勇者の拝命と聖剣しかと承りました。王女様については·····お言葉ですが、陛下。王女様にもお心があるかと思いますので·····彼女が俺に心を下さった時に、婚姻を申し込みたく存じます」
彼の言葉に1番動揺したのは、私だと思います。私に心があるかのように振舞ってくれる人はここ何年もいなかったからです。
私は彼の言葉を聞き、胸の中からじわじわ温かいものが溢れてくるのを感じました。
彼の言葉で、まるで私の中で凍っていた心が、息を吹き返したかのようです。
この時から私には霞みがかって見えていた世界が、急に鮮明に見え始めました。
そうして、勇者ライズ様と銀髪メガネの賢者ハン様、そして魔法使いターニャさんとの魔王討伐の旅が始まったのです。
ターニャさんは黒いフードを深くかぶった魔法使いなのですが、出発の日にその可愛らしい声を聞いて初めて女性だと気づきました。
武闘会で黒いフードを被って、身軽な動きと攻撃力の高い火魔法を使っていた魔法使いさん。次々に対戦相手を倒していった様子を見ていた私は、魔法使いさんが女性だった事にとても驚きました。
出発の朝、こざっぱりとして身綺麗な服装を着た勇者様は、キラキラと輝いてみえました。
陽の光をうけ、金髪が煌めいてるからかも知れません。
勇者様は荷物とは別に、謎の袋を持っていました。
賢者ハン様が、勇者様に問いかけました。
「ライズ。その袋の中身って、まさか·····」
「そのまさか、だよ。この袋の中身はアリスさんお手製の肉団子の山だ」
「東洋の昔話に出てくる『きびだんご』!?」
「お前のツッコミは知的レベルが高すぎて、分かりにくいんだよ!ハンみたいに図書館の本を全部読破してる奴は他にいないんだから、もっと分かりやすくツッコめよ!『食いしん坊か!』とかでいいんだよ」
「ライズにツッコミ講座を受ける気はないですよ!·····にしても肉団子ですか·····アリスさんの肉団子は美味しいんですが·····肉団子を片手に闘う勇者ですか·····っていうか、袋から肉汁が垂れてきてますよ!」
「もし魔の森ではぐれても、この肉汁を辿れば俺にたどり着けるぞ」
「ヘンゼルとグレーテル!?」
「お前の喩えツッコミ、童話に偏りすぎてると思うんだが」
勇者様と賢者様は幼馴染みとの事で、とても仲良さげに戯れあっています。ターニャさんもお二人の会話に吹き出しています。
私も勇者様と賢者様の話に、数十年ぶりに笑ってしまいました。
私が笑った様子を見てから、勇者様は事ある毎にボケて私を笑わそうとしてくるようになりました。
「聖女様この顔を見てください」と言われて振り向くと勇者様が変顔をしていたり·····。
勇者様がなにか真剣に考え込んでいると思えば·····
「思いつきました!『ワイバーンは、ワイがバーンと倒した』というのはどうでしょうか?」と真面目な顔で親父ギャグを言ってきたり·····といった具合です。
99%スベってましたが、無表情の私から必死に表情を引き出そうとしてくれている事が分かり、彼がボケる度に私は心に温かいものが生じるようになりました。
そんなボケまくる勇者様に、賢者様が注意をします。
「国の命運をかけた魔王討伐の旅なのですから、もう少し真面目にやってくださいよ」
「えー魔の森までまだ距離あるんだから、ずっと緊張し続けてても仕方ないだろ?アリスさんも言ってただろ?『メリハリが大事』って!俺はやる時はやる男だよ。なんと言っても勇者だからね、俺は」
「まぁ、まったく笑えないギャグを躊躇なく聖女様に披露する、その勇気は勇者だと思いますよ。真のアホ勇者です」
「なんだと!アホ勇者って言うな、バカ賢者!くそー、今に見てろよ!爆笑王に俺はなる!」
「いやいや、これから魔王討伐に行く勇者が、何を目指してるんですか」
「うるさい!知的メガネが!」
「貶してるみたいに言ってますが、『知的メガネ』は褒め言葉ですよ?」
「うるさい!この·····素敵メガネが!」
「いやいや、『素敵メガネ』って、完全に褒め言葉ですよ、それ。え?褒めてます?照れますね」
賢者様と勇者様のやり取りに、私は思わずまた笑ってしまいました。
笑いながらも、私はお二人の会話に度々出てくる『アリスさん』という存在に、心が少し苦しくなっていました。
出立に見送りに来てくれていた街の人々、特に女性達から勇者様と賢者様の人気は高く、黄色い声が上がっていました。
アリスさんという方は、勇者様の身を案じて肉団子を持たせるような間柄ということです。
·····もしかしたら、恋人なのかも知れません。
だから、私との婚姻を避けるべく、王からの話を、私の心を理由にすぐには受けず、婉曲に断ったのかもしれません·····そう思うと胸がモヤモヤと苦しくなってきました。
勇者様の言葉に私の心が息を吹き返したその日から、楽しくなったり、苦しくなったり私の心は忙しいです。
魔の森に入ってからしばらくしても、危なげなく皆様が魔獣を倒し旅は順調に進みました。
賢者様が氷魔法の結界で私を守って下さり、勇者様と魔法使いのターニャさんが敵を瞬殺します。
私が自分の身を守れない不甲斐なさで、賢者様に謝ると、「私は攻撃魔法って苦手なんですよ。なので、聖女様を護るために結界魔法を使うという名目で攻撃に参加しないでいられるのは実はとても助かっているのですよ」と賢者様は優しく言って下さりました。
勇者様もターニャさんもとても強いので、今のところかすり傷の治療位でしかお役に立てておらず、その点にも申し訳なく思っていました。
勇者様とターニャさんが大怪我しないで、私の出番がないのは良いことです。ですが、私が怪我の治療だけでなく魔力回復や体力回復などの魔法も使えればもっと役に立てたのにと、悔しい思いも感じました。過去の聖女の中にはそういった力も使えた聖女もいると言われています。
すると勇者様は「聖女様のお姿が目に入るだけで、力が漲ってくるので充分です」と言って下さったのでした。
ある時、賢者様はターニャさんに言いました。
「ターニャ、熱くなってきましたし、もうそのフードコートを脱いでも良いと思いますよ。セレナ様は差別するような人ではないと思いますし·····」
「ウチも、セレナはそんな人ではないとは分かってるよ、ハン!·····けど、これを脱ぐのには勇気がいるんだよ!」
「私としてはその可愛い姿を早く見たいから、早く脱いで欲しいのですが·····」
「うるさい変態!黙れバカ!!変態ばか賢者!」
「痛いですよ!ターニャ、照れ隠しはもうちょっと、力加減をお願いしますよ」
ターニャさんは照れながら、賢者ハン様をポカポカ殴っています。賢者様は、にやけながらターニャさんに殴られてます。
旅をしているうちに、お二人はどうやら恋仲なのだと、鈍い私も流石に気づきました。
ターニャさんと賢者様の様子を私が微笑ましく眺めていると、ターニャさんが私に近寄ってきてオズオズとフードコートを脱ぎました。
すると肩上で切りそろえられたオレンジ色の髪からネコ耳がぴょこんと飛び出し、シュルリと尻尾がお尻のあたりから出てきました。
私は、ターニャさんがこの国で迫害されている獣人であることに驚きました。私は目を見開くと同時に、思わず口から「可愛いっ!」と漏らしてしまいました。
すると、ターニャさんは嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らしたのでした。
その事があってから、ターニャさんとの距離が縮まりました。
お話を聞くとターニャさんも、昔からお二人の知り合いだそうです。なんでも、勇者様と賢者様のお師匠様は獣人族の村の守り人だそうです。
そして、ターニャさんは賢者様に誘われて、武闘会に参加したとの事です。
魔王討伐後には国の祭典が毎回行われるので、そこで獣人であることを明かして、この国の獣人差別を取り除くきっかけを作れればと考えているとのお話でした。
しっかり意思や目標を持ち努力する皆さんが、言われたことをただ道具としてこなしてきた私には眩しく見えました。
ターニャさんは、料理も上手です、洗濯もとても手際よくこなします。そして、いつも何をするのも楽しそうです。
ターニャさんに教えてもらい、しばらく経つ頃には、私もなんとか包丁を使えるようになってきました。
「今日で、肉団子は最後だよ。氷魔法で凍らせといとから日持ちして良かった·····あちゃー、ライズの奴が肉団子振り回して魔獣と闘ってたから、もうボロボロだ。今日の夕飯は、そぼろスープにするかねー」
私も野菜を刻んで、料理を手伝いました。
料理ができると、ターニャさんが小鍋を片手に言いました。
「肉団子がボロボロだったので、そぼろスープにしたよ。綺麗に切れてる野菜はセレナが切ったんだよー」
私がスープをよそうと、ホカホカと湯気がたつスープを受け取りながら、勇者様と賢者様は顔をほころばせます。
勇者様は熱々のスープの野菜を口いっぱいに頬張りながら、言いました。
「聖女ひゃまが切った野菜、とても美味しいでひゅ!」
「口に食べ物を詰め込んだ状態で、喋るな!」
勇者様は、賢者様に叩かれていました。
皆に対してはタメ口で明るく話す勇者様ですが、私に対してはいつも丁寧語で話しかけて下さります。
勇者様はいつも森の道で、私の足元が危なくないように声かけして下さります。私が歩きやすいように、草木を切り開いてくれます。
ですが、不自然なくらい、私には接触しないように気をつけているようです。
この前私が木の根につまづき転びそうになった所を、すぐ隣にいた勇者様はあえて風魔法で受け止めて下さりました。
「勇者様は風魔法も使えたのですね」と、私が驚いて言うと、勇者様は「今習得しました」と冗談をおっしゃりました。
私も魔法について学んだので知ってますが、魔法は自分の特性以外の習得はとても困難です。
自分の特性魔法は通常1種類で、それ以外の魔法を使うにはその分子構造式を頭で組み上げなくてはいけないので、10年以上の修練が必要になるのが通常なのです。勇者様は雷の特性のはずなので、風魔法を会得されるためには大変な苦労をなさったはずです。
それにしても、勇者様は異様なくらい私には指一本も触れようとしません。一緒に旅をしていたらお皿の受け渡しや、ちょっとしたきっかけで指が触れ合うくらいは普通あるはずです。
いえ、決してやましい思いから触れ合いたいと思ってる訳ではなく·····ターニャさんとも賢者様とも普通に旅していれば、ぶつかったりで触れ合う瞬間はあるのです。
ですが、勇者様からは徹底して避けられてる気がします。
私は、その事にいつしか寂しいと感じるようになっていました。
勇者様が徹底して私に触れようとしないのは、勇者様の心がアリスさんにあるからなのかもしれません·····。
「アリスさんの肉団子も、これで食べ納めかぁ·····肉団子というかもはや、ミンチだけど」
勇者様がしみじみと言ったのに、賢者様が返します。
「ミンチになったのは、ライズが凍らせた肉団子で小ゴブリンをぶっ叩いたせいですよ」
「いやぁ、まさか肉団子で敵を倒せるとは思わなかったよ」
「右手に勇者の剣で大ゴブリンを切り裂きつつ、左手で凍った肉団子の袋ぶん回して小ゴブリン倒してたのは、なかなか見事でしたよ。さすが真のアホ勇者ですね」
「アホ勇者って言うな、バカ賢者!にしても、魔王討伐から帰ったら、またアリスさんの肉団子食いたいなぁ·····」
しみじみと勇者様が呟くので、私は思わず言ってしまいました。
「勇者様は、アリスさんに今すぐ会いたいですか?」
変なことを聞いてしまったと、自分の発言に後悔している私をよそに、勇者様は「うーん」と悩みながら言いました。
「うーん、確かにアリスさんはいつ亡くなるか分からない身なので心配ではありますが·····ですが魔王を倒さずに帰ったら、アリスさんはたぶん魔王より怖いと思うので·····今は会いたくないです」
「いつ亡くなるか分からない·····まさか、アリスさんは、病を患っていらっしゃるのですか?」
私の脳内では『勇者様と一緒にいたいという自分の想いより、民のために勇者様が魔王討伐に行く事を優先させる儚げ美少女』のアリスさん像が出来上がってました。
私の脳内で、アリスさんが涙ながらに肉団子を渡し、勇者の出立を見送ってます。
そんな光景を思い描いていると、賢者様が笑いだしました。
「聖女様は、だいぶ若いアリスさんを想像してるみたいですが、実際はこの国で最高齢の97歳のおばあちゃんですよ。僕達より長生きしそうなくらい異様に元気な人なので、心配いらないですよ」
「97歳!?」
私の脳内で出来上がっていた、悲劇のアリスさん像がガラガラと崩壊していきました。
「アリスさんは、僕とライズが住んでる家の大家さんです。『アリスばあちゃん』って言うと、しばかれるので、『アリスさん』って言わされてるのですよ。まぁ、僕とライズの帰りを心から待っててくれてるのはアリスさんと師匠くらいかもしれませんね·····僕とライズは師匠の元で修行ばっかりしてたので、ほとんど知り合いはいませんし」
賢者様の言葉で、私の心に巣食っていたモヤモヤが晴れていくのを感じました。
私は安心すると共に、途端に眠気を感じました。
聖女の力の反動なのか、癒しの力を使うと夜が更けると気を失うように寝てしまうのです。
幸い、魔獣達も何故か夜遅くには襲ってこないので、私が寝てしまってもパーティには迷惑をかけずにすんでいます。
私が先に眠らせてもらう旨を伝えると、勇者様も賢者様もターニャさんも笑顔で「おやすみ」と言ってくれました。
空を見上げると、澄み切った夜空に満点の星がキラキラと瞬いてました。
私はこのメンバーで旅に出られた幸運に感謝しながら眠りにつきました。
翌朝、料理の準備をしながらターニャさんが、私に小声で言いました。勇者様と賢者様は、先の道の探索に行っています。
「セレナ、例の肉団子のアリスさんに実はちょっと嫉妬してた?」
「な、な、な、な、何をおっしゃりますかっ!」
「ふふふ、ウチはこう見えてセレナよりだいぶ年上なのよ。年の功と女の勘で、セレナがライズに恋してることはお見通しだよ!」
「こ、こ、こ、こ、恋!?いえ、私は、そんな!」
私は動転して包丁を持ったまま、振り回してしまいました。
「まあまあ、落ち着いて!恋するのも、嫉妬するのも心がある証拠だよ。心があることは恥ずかしいことではないよ、むしろ素敵なことだよ」
ターニャさんの言葉に、自分を振り返ると確かに私はアリスさんに嫉妬してたようです。
そして、アリスさんが勇者様の恋愛対象ではなかった事に、心から安堵したのも事実です。
私は自分が勇者様に恋していた事に気づくと共に、顔が火照ってしまいました。
「ウチがセレナの恋愛相談に乗ってあげるよ」
私は頼もしいターニャさんに、意を決して悩み相談する事にしました。
「勇者様が私にだけ敬語で、少し壁があるように感じるのが寂しいです。勇者様はターニャさんの事は呼び捨ての名前呼びなのに、私のことは『聖女様』と呼ぶので、それが少し寂しいです·····」
ターニャに悩みを伝えながらも、私はこの国の一大事の魔王討伐の最中になんて下らない事を考えているのだと、自分が恥ずかしくなってきました。
そんな私を、馬鹿にせずターニャさんは言ってくれました。
「ライズが『聖女様』って呼ぶのは、セレナがライズのことを『勇者様』って呼ぶからだと思うよ。セレナが『ライズ』って呼んで、自分の気持ちを伝えたら、ライズも同じように応えてくれると思うんだけどね」
私がターニャさんの言葉になるほどと頷いていると、勇者様と賢者様が駆け戻ってきました。
「魔王城を見つけました!魔王城の結界が破れ始めていますので、一刻の猶予もないです!今すぐ討伐に向かいます!」
私達は慌ただしく装備を用意して、魔王城に向かいました。
結界が破られると、私達が魔王城に入れる状況になる反面、魔獣も魔の森から解き放たれます。そして王都を襲い始めるので、一刻も早く魔王を倒す必要があります。
近くの村ではなく何故か王都を襲うのは、人が密集している場所を魔獣が察知するからとも言われていますが、真相は謎です。
魔王が倒されると、王都を襲っていた魔獣達は魔王城に帰り、倒された魔王の破片を集め復活させます。倒された時にどのくらい損傷していたかにより、復活の頻度が変わるのです。
今回は80年振りなので、前回の討伐時に魔王の損傷が少なかったと言うことです。
結界を抜けると、空は暗雲が立ち込めており、急に目の前に禍々しい黒いオーラを纏った魔王城が待ち構えていました。
私達は、何百という群がる魔獣を討伐しながら魔王城の中を進みました。勇者様の剣技とターニャさんの魔法で、バッタバッタと魔獣を倒していきます。
無駄のなく洗練された動きですが、魔王城を進むにつれて、シルバーウルフやケルベロスなどのとても強い魔獣が出てくるようになりました。シルバーウルフは特に群れで襲ってくるので、対応が困難です。
賢者様は私に結界魔法を張りながらも、攻撃にも参戦するようになりました。
勇者様も賢者様もターニャさんも、多勢に無勢で怪我することも多くなってきました。その度に私が聖女の力で癒します。
魔王城に入って何時間·····いえ、何日経った頃でしょうか、私が皆さんに数百回目の全体治癒をかけた頃、とうとう最奥の魔王の扉の前まで辿り着きました。
しかし、勇者様も賢者様もターニャさんも魔獣の返り血と自分の血でボロボロで、息も絶え絶えの状況です。
賢者様は結界魔法を使う力がもう残ってないとのことで、結界も解かれている状況です。
私の魔力も、底をつきかけているようで、目の前がかすみ意識が朦朧として、立っているのがやっとの状態です。
もうあと1回致命傷を治癒したら、私は力つきるのでしょう。
私は力を使い果たした事が1度もなかったので、そうしたらどうなってしまうか分かりません。もしかしたら、力を使い果たしたら死んでしまうのかも知れません·····。
魔王の扉を前にして、『この扉を開けたら生きて帰れないかもしれない』と皆が思っているのを感じました。
ターニャさんが言いました。
「ヤバい、魔力がもう無い」
賢者様も言いました。
「僕もほとんど魔力ないです。あ、僕がもし死んでしまったら、描ける人がこの場にいなくなってしまうので、転移の魔法陣は描いておかねばですね。この魔方陣に乗れば王都に転移できます」
賢者様はそう言いながら難しい魔法陣を描きはじめました。
転移魔方陣は非常に難易度が高く、描ける人は国に数人いるかどうかなので、賢者様の能力の高さに改めて驚かされていました。
賢者様は、描き終えて転移陣を起動させると言いました。
「もろもろ立て直したいですが、王都に今にも魔獣が襲いかかってること考えると悠長な事は言ってられないですね·····国防軍がしっかり機能していれば持ち応えてくれてるはずですが·····王位継承権を巡る兄弟間の抗争がまだ勃発してない事を祈ります」
賢者様の言う通りで、国王が病で最近寝込みがちになり、王位継承権を巡る兄弟間の抗争まで秒読みとも言われてました。ただ、それは王族と一部の臣下だけの秘密にされていた事のはずです。
賢者様が王族の秘密を知っている事に驚きつつも、私は『自分は道具だから自分の意思で動けない』と言い訳して、抗争に発展するような事態になるまで実の兄達の間を取り持って来なかった自分を恥ずかしく思いました。
「俺も、流石にもう、なんか力がでないわ·····まぁ、元から命懸けと覚悟していた旅だ!最期のひと踏ん張りといこうか!」
勇者様が血だらけの顔で爽やかに微笑み、皆を見渡して言いました。
その時、勇者様の大きな声に反応したのか血溜まりに倒れ伏していた、シルバーウルフがぴくりと動きました。そして、次の瞬間には1番近くにいた私に向かってシルバーウルフが襲いかかってきました。
鋭い牙が眼前に迫ってきた時、勇者様が私の前に立ち塞がりました。
シルバーウルフの牙が勇者様の右肩から心臓にかけて食い込みます。
勇者様はうめき声ひとつ漏らさず、左手に持ち替えた剣でシルバーウルフの頭を2つに一刀両断したあと、崩れるように倒れました。
私はとっさに勇者様を抱きとめて、体中の魔力をかき集めて、勇者様の傷口に治癒魔法をかけました。
ピンク色の光が勇者様の傷口を塞いでいくのを目にしながら、激しい耳鳴りと頭痛で私は意識が薄らいでいくのを感じました。
姿勢を保てず倒れた私を今度は完治した勇者様が、抱きかかえてくれました。
勇者様が回復して良かったと、心から思いました。
それと同時に魔王と戦った後には、もう勇者様に二度と会えなくなるかもしれないという恐怖を感じました。
私は意識を手放す前に、自分の想いをなんとか伝えたいという強い衝動にかられ、声を絞り出しました。
「わ、私は·····勇者様········いえ、ライズ様のことを·····お慕いしております·····」
私の震える掠れた声は、なんとか勇者様に届いた様で、彼は目を見開いて驚いていました。
金色の目をまん丸にした勇者様が、幼く可愛らしく見えて、私は思わず微笑んでしまいました。
そして、次の瞬間には私は意識を手放してしまったのでした。
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