第3話
リサに手伝ってもらい急いで用意しましたが、さすがに用意は整わずライズ様は既に出発されてるのを、後から馬車で追う形になりました。
広場には国民が大勢集まっており、広場の中心の壇上にライズ様と国王陛下と宰相様とサイード様がいました。
ライズ様は目の下に深いクマがあり、とてもやつれているように見えました。
くたびれた表情に反してボサボサだった金髪はオールバックになでつけられ、服装は貴族のような豪奢な服装です。
私が馬車から降りて、勇者様に駆け寄ろうとした時、突如広場に集まった人々から怒声が上がりました。
「あいつは、英雄ではない!」
「勇者は仲間の命も踏み台にして、名誉を手に入れた最低の奴だ!」
複数名の青年が、ライズ様を取り囲み糾弾したのです。
周囲に集まっていた人もざわめき、徐々にその話が広まっていきました。
「仲間は賢者と魔法使いだったかしら·····たしかに、ここにいないわ!死んでしまったからなのね·····名誉の為に仲間の命を犠牲にするなんてひどいわ····」
あんなにも信頼し合って仲良かった皆さんを何も知らない方々が、批判するのはとても許しがたく、私は腸が煮えくり返っていました。
私は広場の人々の声に反論するために、ドレスなのも構わず壇上に駆け上がろうとしました。
そんな私を見て、父である国王がひどく苦々しい表情を作りました。また、きっと「道具は心を持つな」と内心思っているに違いありません。
私の心に怯えが生じ、隠れてしまいたい衝動に駆られ足を止めました。
しかし、今はそれよりもこの場に広がったバッシングの嵐を何とかしなくてはなりません。『ライズ様を助けたい』、その一心で私は震える足で壇上に上がり大声で叫びました。
「·····勇者様は、誰より仲間を大切にしてました!皆さんと共に魔王討伐へ行った私が証明します!勇者様は絶対に、仲間を見捨てない方です!お願いです!信じてください!」
私の声にライズ様は振り向きました。
「目を覚ましたのですね·····よかった·····」
ライズ様は私の姿をみて、心底ほっとしている様子でした。ライズ様は何日も徹夜したかのような深いクマで、やつれた表情でしたが、微笑んでくれました。私はライズ様のそのやつれた様子から、賢者様とターニャさんの身に何か良くないことがあったのでは·····と心配になりはじめました。
リサは賢者様もターニャさんも、王都での魔獣討伐に参加したと言ってました。だから、生きてるはず·····でも、お二人がここにいないのは·····もしかして、魔王討伐や魔獣討伐時の負傷で死んでしまった!?だとしたら、不甲斐なくも気を失ってしまい、治癒してあげられなかった私のせいだ·····
そんな後悔の念に苛まれている私に近寄ってきた勇者様は、いつもの明るい感じで言いました。
「怒ってくれて、ありがとうございます。でも、2人はそろそろ来るはずなので安心してください。ほら、あそこを見て下さい」
私が勇者様の指さす方を振り返ると、壇上の隣に見覚えのある魔法陣が浮き上がりました。
そしてそこから疲れた様子の賢者様とフードを深く被ったターニャさんが、姿を表したのでした。
「ターニャさん!賢者様!ご無事ですか!よかったです!!」
私が安堵で込み上げてくるものを堪えながら言うと、賢者様とターニャさんは駆け寄ってきてくれました。
賢者様はいつもの軽い感じで、勇者様に話しかけました。
「いやぁ、ライズが無茶振りするから、死ぬかと思いましたよ」
「でも、やり遂げてくれたんだろ?」
「ええ。証拠はバッチリですよ」
勇者ライズ様と賢者ハン様はハイタッチして、喜びあっています。
ターニャさんは追突するような勢いで、私に抱きつきました。
「よかった!セレナ、目を覚ましたんだね!本当によかった!·····って、そうだ!最後の総仕上げしないとね!ハン、補助魔法よろしく!」
そう言うと、ターニャさんと賢者様は私と勇者様から数歩離れたところに立ち、空に向かって手をかざしました。
すると、青空に映像魔法が展開されました。
映像魔法は転移魔法に並ぶ、高度魔法です。
ある一族にしか使えない御業と言われていましたが、獣人族にしか使えないものだったのだと、この時はじめて知りました。
映像魔法は術者が見聞きしたものしか、映し出さないものです。なので内容の偽証が出来ない一番信頼出来る証拠として、国の裁判などで使われるものです。
広場の人々も呆気に取られ見上げる中、空一面に巨大なスクリーンが立ちあがり、ある映像が映し出されました。
「あれ?映ってるのは隣国の国王と、その隣にいるのは宰相の息子のサイード様じゃねぇか!」
青年のその言葉に、広場は再びざわめきに包まれました。
映像と共に大音量で、隣国の国王とサイード様がワインを片手に語り合う姿が再生されはじめました。
スクリーン上の隣国の国王は下卑た顔でニヤニヤ笑いながら、サイード様に話しかけました。
「まさか、賢者と魔法使いを我が国の地下牢に幽閉するとはな。お前の国の貴重な戦力だろう?国王としてその判断でいいのか?」
「まだ私は国王ではありませんよ。まぁ、お陰様でもうすぐですけどね。王子2人を戦わせて双方暗殺するのは上手くいったので、あとは私が王女を娶れば完了します·····あと少しです」
サイード様がそう言いながら、すました顔でワインを飲むと、隣国の国王は赤ら顔でガハハと笑った。
「それにしても、勇者も幽閉してしまえば、よかったではないか?」
「魔王討伐をした彼の力は本物です。武闘会の決勝戦で勇者の力を目の当たりにして、彼には力では勝てないと分かったので、作戦を変えました。国民を利用して彼を貶めて、王女と結婚する事がないように仕向けますよ。武闘会で国王が王女を娶らせると言い出した時には焦りましたが、勇者があの場で受け入れなくて助かりました」
サイード様の報告に、隣国の国王はまたガハハと腹を抱えて笑いました。
「ガッハッハッ!憐れだな!第1王子と第2王子は死に、相打ちして国防軍は弱体化、よく国の体裁を保ててると褒めたくなるよ。今までは魔の森という厄介なものを抱えた国だったからどこも手を出さなかったが、魔王が討伐された今、すぐに侵略されるぞ。まぁ、お前の国はろくな産業もなく土地も痩せてて魅力が少ないから、どこも手を出さない可能性もあるが·····お前が国王になり次第、我が国が属国にして、奴隷の確保先にでもしてやるよ。お前には我が国の上位貴族の爵位をやろう」
「ありがとうございます!」
隣国の国王はワイングラスを回しながら言います。
「勇者め。私が、あの時こちらの国に寝返るように言った時に大人しく従っていれば良いものを·····『せっかくですが、お断りします。俺、母国が好きなんで、すみません』などと言いおって、馬鹿なヤツだ。勇者と言えども相手が『国民の悪意』という剣で倒せない敵では、太刀打ち出来まい、ガハッハッハ」
隣国の国王の笑い声と共に、映像はプツンと切れました。
広場はシーンと静まりかえっています。
慌てて逃げようとしたサイード様を、宰相が手首を捻りあげて捕まえました。そして、父である国王が疲れた声で「サイードを捕らえろ」と指示を出すと、国防軍にすぐに取り押さえられ引っ立てられて行ったのでした。
暫くして、広場にて一人、また一人と国民が『勇者様バンザイ!』と叫び始めました。
仕舞いには『勇者様バンザイ!』というコールが広場中で叫ばれはじめたのです。
感極まって、ライズ様を振り向いた私はギョッとして固まってしまいました。
ライズ様はなぜか見たこともないほど、暗い目をしていたのです。にこやかな表情で国民へ手を振っていますが、目だけは笑っていませんでした。
そして、勇者様が暗い声で独り言を呟いたのを、地獄耳の私は聞いてしまいました。
「ふふふ·····。これで、やっと次期国王の座は俺のものだ·····」
今で聞いたことがないほどのライズ様の低い暗い声を聞き、私は悟りました。
ああ、これが勇者様の本音なのだと·····。
ライズ様にとっても、私は次期国王になるための王女という駒のひとつに過ぎないのだと·····。
明るく優しい勇者様が、いつもと違う暗い声で呟いていた言葉·····これこそが彼の本音に違いありません。
次期国王の座を欲して、兄2人は争いあい殺し合い、サイード様は隣国に寝返った程ですもの·····次期国王の座というのは、とても魅力的なものなのでしょう。
私には分からないですが、男性にとっては権力というのは何よりも大事なものなのですね·····きっと。
サイード様が言っていた「君が信頼している勇者が1番、君の事を道具として利用しようとしてる事に気づいてないんだね。可哀想に·····」という言葉が思い出されます。
ああ、ライズ様にとっても私は道具でしかなかったのです。
私は道具として、心を持たないままでいるべきだったのです。
そうしたらこんな身を引き裂かれるような痛みを感じずにすんだのに·····。
ライズ様が私を王女として利用しているのだとしても、彼と結婚したいと思っている自分がいます。
ライズ様の役に立てるならば、王女という身分でよかったとさえも思います·····それほどまでに、いつの間にか私はライズ様に惚れてしまってました。
私と同じ『好き』という感情を、ライズ様が返してくれる日は一生無いのかも知れません·····隣にいられるならばそれでいいです。でも、やっぱり悲しいです。身を引き裂かれるような心地がするほど、悲しいです。
そう言えば私は、気を失う前にライズ様に告白したのでした·····ライズ様はどう思ったのでしょう?扱いやすい駒が手に入ったと思ったのでしょうか?そんな方ではないと思ってます。·····でも今となっては何を信じていいのか分かりません·····
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