即興短編
ヰ墨
無題
母と映画を観るのはこの日が初めてだった。
母は酒に酔っていて、自分もその空気に酔いしれていた。朗らかな目前に淡々と流れる仄暗い家族の話。そこに、所謂チャラケタものだとかは一切なく、隣で未成年に酒をすすめる不用心な母に侮蔑にも似た遣る瀬無さを覚えて、断る事も仕舞いには面倒になって、諦めて、満更でもなくて、注がれた梅酒を一口飲んだ。いや、もしかすると二口かも。知らない。お酒が嫌いになっちゃうね。
この頃には映画にも集中が薄れて母の目論見を窺っていた。母に関しては元より映画に興味もなかったのだろう。グラスを片手に他事である。
「母さん。僕はね、未成年なんだよ」
「飲んだのは秀作だからね。同罪」
「酷い」
「……、ね」
「……母さんはさ、なんで父さんと別れたの」
「方向性の不一致」
「アァもう。そりゃあ嘘だね。当時の母さんが父さん以外の人と付き合ってたの知ってる」
留まった空気に、さすがに踏み込み過ぎたと思った。普段は母に意見することさえ嫌厭しているのに。酒でこんなにも饒舌。無神経め。
テレビにはエンドロールがダラダラと流され、痛々しい空気には酒の匂いが染み込んでいた。
即興短編 ヰ墨 @396izumi
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