106話 新技とセシルとの誓い

 裏庭に出てミツキの真剣な眼差しが向けられる中、俺はナイフを握って集中を高める。


「ミツキ、よく見てろよ」

「はい」


 俺はいつものようにナイフへ風魔力を流していくと、いつもよりナイフに流した魔力の流れ方が良くなっているように感じた。

 流した分の魔力がしっかりとナイフに取り込まれ馴染み、そしてナイフの中でも外でも潤滑に魔力が循環している……!


「……!」

「ど、どうしましたか?」

「凄いぞこれは、これならいつもよりもっと多くの魔力をナイフに注げそうだ」


 俺は狼人族に変わり装纏を発動、そして魔力を練り上げてグランドマジック発動、その魔力をどんどんナイフに流し込む。

 1度発動して以来、今日まで使う場面がなかったあの技を……やってみよう。


「……っ」


 俺の姿を見て、ミツキも固唾を呑んでその様子を見守る……ミツキも俺のやろうとしていることに気が付いているみたいだ。


「いける、前みたいな長時間を掛けずに……そして魔力切れもなく、使える!」


 ミツキから借りたナイフに纏う風魔力がどんどん姿を変え……翼へと変わっていく。


「……っ!!」


 ミツキは目を見開いた、武闘会のカエデ戦で披露した俺の最終奥義が、ここに再び再現された。


「……風翼剣!」


 その翼の長さはカエデと戦った時の1.5倍以上だった、身長の2倍はあると思う。


「す、凄いです、コウガさん!」

「まさかまた使えるとは思わなかった、しかもこれ……グランドマジック込みでだが、体内魔力の1/5程度しか使っていない」

「そ、そうなんですか!?」

「あぁ、だから風翼剣の出力も維持できるし、他にもやばい事が出来そうだ」


 風翼剣はナイフを振るようにとはいかず両手で持たないといけない程重いが、大体長剣or小さめの大剣を振り抜く程度の重さだ。

 そして一度振るうと、かなりの風圧が前方に巻き起こる。


「!?」


 あまりの風圧に、前方にあった木が2本薙ぎ払われてしまった。


「す、すまん!やり過ぎた!!」

「大丈夫です、構いませんよ!ただ次からは上空へお願いします!」

「分かった!もう少し試させてくれ!」

「どうぞ!」


 今までは使い勝手のいい風魔力での風刃を使ってきたが、このナイフは属性武器に成り得る物だ……試したいことは沢山ある。


「風翼剣に、火魔力を載せる!」

「!?」


 風翼剣が炎に包まれる、風魔力によりかなり薄い緑色をしていた翼だったのが、鮮やかな鳳凰のような赤色の翼へと変貌を遂げる。


「こ、これは……」


 ミツキが今思っている事、多分俺と一緒だろう。

 俺達2人は口を揃えて思ったことを呟いた。


「「……フェニックスの翼だ」」


 見とれていると、裏庭にレインが飛び出してきた。


「さっきの音は何!?……なっ!?」


 驚愕な顔をして立ち止まったレイン、ビックリしすぎて思わず尻餅をついてしまう。

 その後ろからティナ、クロエ、カエデと、続々と女性陣が裏庭へやって来た、寝間着姿で。


「なっ……何だあれは!?」

「おお、赤い翼!」

「ご主人様!!これってまさか!?」

「驚かせてすまん!これは風翼剣に火属性を纏わせたんだ」

「やっぱり……私を打ち破った、ご主人様の全力スキル……!それに火属性が!?」

「す、凄いわねこれは……まるでフェニックスのようだわ」


 フェニックス……火の鳥や不死鳥と呼ばれる伝説の鳥だ。

 この世界でのフェニックスはどんなものなのかは知らないが、これを見てフェニックスと呼ぶのなら、前世知識にあるフェニックスと変わらないんだろう。


「なぁミツキ、この世界にフェニックスって居たりするのか?」

「存在してはいます、ただ……3週間前に行方が分からなくなってしまったと聞きました」

「どういうことだ?」


 俺は風翼剣(フェニックス形態)を解除し、ミツキの言葉に耳を傾ける。


「実はフェニックスは、とある村の守り神……守護霊鳥として崇められていましたが、何者かによってフェニックスの子供が攫われてしまったようなんです」

「さ、攫われた!?」

「はい、子供を奪われ怒り狂ったフェニックスは、何処かに飛び去ってしまったんだそうです……そこから行方は未だに分かっていないとか」


 この世界でも高位であろうフェニックスの子供を、奪うだなんて……

 正直信じられないが、ミツキが言うのだから本当なのだろう。


「フェニックスの子供を攫う利点って何かあるのか?」

「分かりません……ですが、噂によるとフェニックスの涙は万病を治し、死者すらも蘇ると言われています。フェニックスが放つ聖なる炎も、善を癒し悪を滅するという話もありますね、あくまで噂ですが」

「なるほど、それらが狙い……か」


 フェニックスを攫う程なのだから、聖なる炎狙いとは思えない。

 万病を治すか死者蘇生の為……もしくは、それ狙いの者に高く売りつける為と考えるのが妥当だろう。


「まぁ俺達には関係ない話ですね!コウガさん、お風呂入りましょうか」

「そうだな」


 男同士のお熱いお風呂もさっさと終わらせ、リビングに向かうとヴィーネがソファーに座って俺を待ってくれていた。


「来ましたね、回復魔法なら危険も無いので、ここでやりましょう」

「分かった、頼む」

「お任せください」


 エリアヒールを覚える事が出来れば、みんなを一気に回復させる事が出来る。

 レイランの一族とブルードラゴン達をまとめて相手にするんだからな、100%無傷とはいかない。

 下手すれば重傷者、死亡者だって出るかもしれない。

 でも、レイランが助け出すと決めたんだからな。

 みんなが最悪な展開にならないように、俺も覚えられる物は覚えておきたい。


「まずは詠唱から『自然の癒しよ、かの者達を救いたまえ』です。コウガ様はヒールを使えたと思いますので、それの範囲版のイメージでいいです。範囲は個人の力量で変わりますので、色々な範囲でイメージしてお試しください」

「なるほど分かった、ちなみにヴィーネだと範囲はどれくらい行けるんだ?」

「限界でも、この家の中の範囲くらいでしょうか」

「へー結構広いんだな」

「私は聖の適性と魔力が高いので、一応職を問わずに並の人が使うとこのリビングより少し小さいくらいが平均になるかと」

「なるほどな、まずは小範囲で試してみるか」


 俺は魔力に聖属性をのせ、先程の詠唱を思い出す。

 範囲は……俺とヴィーネの間くらいでいいか。


「自然の癒やしよ、かの者達を救いたまえ……エリアヒール!」


 聖魔力が少し消失、地面に俺をヴィーネが入りきるくらいの魔法陣が現れて聖なる光に包まれる。


「さすがコウガ様、お見事でございます」

「ありがとう」

「ですが、少し効果量が少ない気が致しますね……ヒールはあまりお使いではないのですか?」

「あー、そうだな……みんな優秀だから、手で数えられるほどしかないな」

「そうでしたか、使い慣れていないのであればこの効果量も納得です、あと範囲限界も確かめておきましょう」

「わかった」


 結局、範囲を調べてみても現状だとリビングいっぱいまでが限界だった、大体ヒーラーや魔法使いの中での平均並だとのこと。

 まぁ俺は全属性持ちだからな、全てが平均以上だといよいよレアさんに何か手土産でも渡さないとバチが当たる気がする。

 ガリスタ国に協会があるのなら、一度祈りに行ったほうがいいかもしれないな……


 そう考えつつも自室に戻ってくると、寝間着姿のカエデとシェミィがこちらに小走りで走ってきて抱き着かれた。


「おかえり、ご主人様!」

「パパおかえりー」

「ただいま」


 可愛い2人の頭を優しく撫でながら部屋を見渡すと、セシルは刀の手入れしていたがこちらに気付くと「おかえり」と言ってくれた。

 両手は刀と手入れ道具で塞がっていたので声だけの挨拶だったが、愛刀の手入れなら仕方ない。

 そしてメイランは、ソルトから何かを教えてもらっているようだ。

 帰ってきた俺に気付いて「おかえり」とは言ってくれたが、すぐさま2人は真剣に話し合いを再開した。


「ごめんねご主人様、実はメイランちゃん体術を身に着けようとしてるんだよー私とシェミィにもアドバイス求めてきたからね」

「そうなのか?」

「ん、今はあの間でドラゴンスキルを身に付けようとしてたけど、本人がそれじゃ足りないって言って今に至る」

「そうなんだよね……ドラゴン戦だと、空中での体術勝負が多くなるからとも言ってたよ」

「……なるほど」


 確かにドラゴンは空を飛んで戦うのがメインとなる、空中で殴り合ったりもあるだろう。

 でも、少し詰め込み過ぎじゃないか?

 時間がないのは俺も分かってるが……いや、今の時間にも練習に裏庭へ出ないだけマシか。

 練習に出るなら流石に止めていたと思うが、まぁ話をしているだけなら止めないでおこう。


 ソルトも周りに迷惑をかけないように、最小限の動きや足を触ったりの身振り手振りで説明しており、メイランも真似したりしている。


「とまぁこんな感じっすね、後はカエデとシェミィの言っていたことも踏まえて、実践での練習になってくるっす」

「ありがとう、とても勉強になったわ!明日にでも練習してみるわね」


 よかった、どうやら今日は寝て明日に試すらしい。


「勉強会は終わったか?」

「コウガ様……ごめんなさい、騒がしかったわよね?」

「物音立てずやっていたし誰も咎めたりしないさ、カエデから理由も聞いて納得したしな。だけど今日はそろそろ寝よう、もし必要なら俺もドラゴンに変身して相手してやるからさ」

「ありがとう、コウガ様」

「セシルも、刀の手入れが終わり次第寝るんだぞ?」

「承知したマスター」


 部屋の電気を暗くし、セシルは手元だけ少し明かりを付けて手入れを続ける。

 1つ目のベッドに俺、カエデ、シェミィ。

 2つ目のベッドにメイラン、ソルト、セシルが寝るように最近なっている。

 やはりシェミィが俺とカエデをパパママと呼ぶので、家族で寝るっていう形が自然となってしまっているのが現状だ。

 でも、これからずっと添い遂げてくれると誓ったソルトとメイランとも、たまに一緒に寝るようにしないと2人が不満を持つかもしれない。

 その辺りはカエデとシェミィにもきちんと話しておく必要がありそうだ、もうみんなは家族のようなものなんだから。


 ちなみにセシルは、まだこの先どうなるか分からないので手を出すつもりはない。

 奴隷と言っても本人の意志を尊重したいし、奴隷開放して自分の道を歩くという未来もあるからな。

 ただ、本人がみんなのように誓いを立てて望むのであれば、もちろん迎え入れるつもりだ。


 数十分経ち、ソルトとメイラン、そしてシェミィの寝息が聞こえ始めた頃、カエデがふと目を開けてこちらを見た。


「カエデ?寝れないのか?」

「んーん、眠いけど、みんなが寝るのを少しだけ待ってた」


 みんなを起こさないように小声で話す。


「ん?なんでだ?」

「メイランちゃんについて、ね」

「メイラン……?まぁ、そうだよな」


 何となくカエデの言いたいことが伝わってくる。


「メイランちゃん、無理してるよね」

「だな、見て分かるよ」

「実は、さっきの体術のアドバイスの際に外で身体を動かしながら教えて欲しいって言われたの」

「そ、そうなのか?」

「うん、でも……セシルちゃんがメイランちゃんを止めてくれたの」

「……え?セシルが?」


 そう言った瞬間セシルがこちらの会話で名前が出た事に気付き、手入れを終えた刀を持ったままこちらにやってきた。


「呼んだか?マスター」

「あぁすまん、カエデからメイランの事を聞いていてな……セシルがメイランを止めてくれたんだって?」

「うむ、無茶しているのがまるわかりだったからな。多分皆だと仲が深い上に事情を知っているから、きっと止めにくいと思ったのだ」


 俺達の仲をよく知るセシルが気を利かせてくれたってことか……悪いことをしたな。


「……すまん、悪い役をやらせてしまったな」

「気にしないでくれマスター、これもマスターや皆の為だ。メイランが無茶をして身体を潰しでもしたら……きっとメイランは立ち直れなくなる、そうならない為ならば……私は鬼になろう」

「……セシル」


 俺はカエデを見た、カエデは察したのか俺を見てにこっと笑ってくれた。


「いいよ、ご主人様」

「ありがとうカエデ」


 本当に、カエデは俺の思っていることをきちんと理解してくれているのがすごく嬉しい。

 俺はそう言って、セシルに近づき抱き締めた。


「ありがとうな、セシル」

「気にしないでくれ、私は……あの時にもう決めたのだ」

「……決めた?」

「聞いてもらえるか?」


 俺はセシルから一旦離れ、頷いた。

 セシルは俺の目の前で、片膝を付いて刀を掲げた。


「マスター、私は……たとえこの奴隷から解放されたとしても、この世をマスターや皆と共に命尽きるまで歩むと……ここに誓わせてほしい」

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