刺身

 私は小さいころから、肉と魚が好きだ。特に魚。中でも、刺身が大好きだった。


 母が魚市場で働いていたので、よく新鮮な魚を食べることができたのも大きいと思う。漁港がある町なので、スーパーの海産物も品揃えがよく、盆や正月、お祭りの時期には必ず寿司や刺身が食卓に並んだ。


 まぐろやサーモン、鯛など、刺身ならなんでも好むけれど、中でも好きなのが青魚だ。小学生のとき、ブリを食べて、あまりの美味しさに感動すらした。脂が乗っていて、でも歯応えがあって、噛むとブリの脂のうまみが舌に伝わって…。結構な大皿に並んでいたブリの切り身は、その日ほとんど全て私の腹の中に収まった。そのほかに好きな魚といえば、アジやイワシ、カツオ、そしてサンマ。サンマは焼いて食べるのもとても好きだけれど、刺身にしても美味しい。私は本当に、青魚の刺身には目がない。


 学生時代に京都で一人暮らしをしたとき、なによりもまいったのが、海鮮の少なさだ。魚コーナーがあって、その場でおろしているようなスーパーでも、本当に割高だったし、なにより新鮮じゃないのか、美味しくなかった。それでも、私の口は刺身を求めるので、がっかりすることを知りながらも、定期的にスーパーで刺身を買った。


 そんなだから、私が魚が好きで、特に刺身が大好物なのは、友人はみんな知っていたと思う。ある日、魚と肉とどっちが好きかが話題にのぼったとき、1人がこれまであまり魚を食べてこなかったので、魚の種類がわからないと口にした。目から鱗だった。そんな人がいるのかとびっくりした。聞けば、その子の出身地は海が近くないので、魚が食卓にあがることは少なかったらしい。だから、なんの魚が好きと答えられないというのだ。たしかに、食卓にあがる機会が少なければ、味も覚えられないし、種類もなかなか知る機会を持てないだろう。日本は島国で、海産物が豊富だとはいっても、出身地によってこんなにも違いがあることは驚きだった。


 今は東京に住んでいるので、スーパーでも新鮮な魚が食べられるし、魚屋も近くにある。京都は住むのにとても好きだが、海がないのは私にとって大きな痛手だと知った。私は海鮮丼目当てに北陸まで行くような人なのだから、魚が美味しくない場所では生きられない。出身地には戻らなくても、出身地に似たところを終の住処にしたいと思うのは、案外食が影響しているのかもしれない。

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