第3話 淡い恋


「もうあんな事しないでよ! 大樹だいきくんの手首、痣になってたじゃない。

危険なアンドロイドだって認定されちゃったら、子供安全教育庁に回収されちゃうんだからね!」


「わかったよ……紗香さやかの家から追い出されるのは俺も嫌だ」


 河川敷の遊歩道を並んで歩きながら、ケインはしょんぼりとうな垂れた。

 少し言葉が過ぎたかと反省しながら見つめていると、彼はパッと顔を上げた。

既にしょんぼりの片鱗は跡形もなく消えていて、真顔で紗香を見下ろして来る。

 驚くほど切り替えが早い。さすがAI。


「で、紗香の好きな人って誰なの?」


 トラブルの原因となった話を蒸し返されて、紗香は思わず立ち止まった。


「そんな事どうでも良いでしょ?」

「良くないさ。紗香のことは何でも知っておきたいんだ」


 ケインも立ち止まって紗香に向き直る。見守り対象者の情報収集は確かに必要なことかも知れないが、恋愛感情は本当に必須項目なのだろうか。

 紗香は疑問に思ったが、仕方なく答えることにした。


「ケインも知ってる人だよ。三年前までお隣に住んでた、陸兄りくにい

「…………」

「国際支援団体かなんかに就職して、遠い国に行っちゃった人。覚えてるでしょ?」


 AIの記憶力に忘れると言う文字はない。


「ずいぶん……年上の奴じゃないか」

「そうよ。子ども扱いされてたのはわかってる。だから告白するつもりないし……」

「どうして?」

「だって、困らせるに決まってるもん!」


 紗香は頬を膨らませてうつむいた。

 家が隣り同士で、互いに両親共働きの一人っ子だったせいか、りくには小さい頃からたくさん面倒を見てもらった。引っ込み思案の紗香が一人ぼっちで遊んでいると、さり気なく一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれたりと、とにかく頼りになるお兄さんだった。


 十歳年上の彼には友達も多かったし、子供と遊ぶなんて面倒なだけだったろう。それなのに、そんな素振りは全く見せずに紗香の隣に居てくれた。

 憧れは、いつの間にか幼い恋心に変化していた。でも、陸にとって紗香は、年の離れた妹みたいな存在だ。紗香が思いを打ち明ければ、彼はきっと悩むだろう。彼を困らせたくはなかった。


(違う。本当は……振られるのが怖いだけなんだ)


 自分は弱くて、卑怯だ。大樹のことを振っておいて、自分は傷つきたくないなんて。

 俯いたままぎゅっと拳を握りしめると、何かが頭に触れた。

 ケインの手が、紗香の頭を優しくポンポンと撫でている。陸がよくしてくれた頭の撫で方だ。きっとケインはそれを覚えていて、実践しているのだろう。

 懐かしさで泣きそうになっていると、後頭部を引き寄せられた。

 バランスを崩した紗香がケインの胸に倒れ込むと、むぎゅっと抱きしめられた。


「泣かないで紗香」

「な、泣いてないから!」


 ジタバタともがくが、ケインは一向に腕を緩めてくれなかった。



 ────この日の夜、帰宅した母から衝撃的な話を聞いた。それはアンドロイドの不具合など頭から吹き飛ぶような話だった。


「あのね、今日、陸くんのお母さんにバッタリ会ったの。陸くんね、少し前に帰って来たんだって。向こうで怪我をしたらしくて……一命は取りとめたんだけど、意識が戻らないらしいの。お医者様からこのまま生命維持を続けるか、コールドスリープを選ぶか考えて下さいって言われたそうよ。中央病院に入院してるって。あんたもお見舞いに行ってね」


 頭が真っ白になった。

 喉の奥が塞がって、夕飯は一口も喉を通らなかった。

  

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